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イギリスの小さな庭

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「イギリスはガーデニングがさかん」と初めて聞いたときは「庭ってどこ?」って思ってビックリした。 イギリスは左右が隣とつながったテラスハウスが多くて、たいていのテラスハウスには、猫の額ていどの庭しかない。 私が当時住んでいた家も近所の学生用下宿(シェアハウスという方が近い)も 同じようなテラスハウスで、ゴミが放置された小さなスペースを誰も手入れしてなかった。

Vの実家もテラスハウスで庭と呼べるスペースはごくわずか。でもそのわずかなスペースに、夏は木が青々とし、ラベンダーやマーガレットなど色とりどりの花が咲き、鳥の巣箱がかわいらしく花畑の中に収まっている。

「誰が世話してるの?」と聞いたら、「うちの庭じゃないよ」だって。
「ここの庭のように見えるけど」と言ったら、隣の庭との境には塀も何もないので、木の葉も花も境界から脇へ顔を覗かせて、ごくわずかなスペースに堂々とはみ出しているためそう見えるのだそう。 隣の男性が、庭いじりが好きらしい。

Vのお姉さんのバーサのだんなさんのサムはVの親戚で唯一、ガーデニング愛好家。ちょっと郊外で、一軒を2世帯で住むタイプの家の庭は、びっくりするほど広いわけではないにしても、1人で世話してるならそれは大変だろうと想像つく。

よいガーデナーのことを、「緑の指を持っている」と英語で言うと日本の雑誌に書いてあって、バーサに「彼は緑の指を持ってる?」と聞いた。
「そうねえ!持ってるかもしれないわねえ!」

バーサは冬雪が珍しいほど積もると、クリスマスカードの絵のような写真を撮って送ってくる。サムは繁殖しすぎて庭を荒らすリスには罠を仕掛け、鳥には巣箱を設けそういうことがバーサや近所の人と自然に話題になっている。

春夏は色とりどりの花が咲くのをサムは、"Beautiful,are't they?"(きれいだろ?)の一言でいつも表現する。言葉の抑揚だけにその時々の気持ちを込めているみたいに。

サムは細長く傾斜する庭の一番低いところにある川岸にデッキとガラスのサマーハウスを設けて、天気の良い日はサマーハウスでバーサとお茶を飲みながら新聞を読む。天気が荒れるとメンテナンスを心配している。

もっと天気の良い日は、ガレージから椅子とテーブルを出してきて、庭で食事する。 彼が庭でハーブなど「スーパーで買うと高い」という食材を育てたのをバーサが料理し食べる。

「庭作りの何が好きなの?」と彼に聞いたら「自分の作品みたいなもんで、どうにでもいじれることかな」

ふーん。彼にとっての庭は、面倒でも楽しい、バーサにとっての料理みたいなものかも。
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by nanaoyoshino | 2010-09-23 01:55 | 世界の庭とごはん

ドアから離れてお待ちください

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Vの家から歩く"walk"(散歩道)は、昔、川沿いに、街を通り港まで続く鉄道だった。

この地域は産業革命の時代に、炭坑や鉄鋼産業がさかんだった。鉄道で石炭や鉄を運んでたんだろうな。

昔の写真を見ると、Vのお父さんが働いていた鉄鋼工場には、たくさんの鉄道線路が工場内にひきこまれていて、工業用の鉄道がこのあたりにかなりはりめぐらされていたことが想像できる。

このあいだ書いた、深い谷にかかる橋も、Vのお父さんにたずねたらエンジン工場に鉄鋼を運ぶために作られたものらしい。Vによればエンジンという語は、列車も意味すると言う。いかにも産業革命が石炭エンジンによっておこったイギリスっぽい。

Vの家の前にも高台になっていて駅だったところが、今は住宅地になっている。エンジン工場と港までは50キロくらいあるかと想像するけれど、この大部分がおそらく「ウォーク」と呼ばれるハイキング用歩道になっている。

Vの上のお姉さんが住むところ、川沿いの小さな町まで歩いて約3時間ほどの道は林に囲まれ、丘陵地帯の峰に沿って作られているから、平坦で歩きやすい。

途中で林がとぎれる4カ所くらいは昔駅だったところ。今は芝生の公園のようになっていて、駅の建物は民家になっている。

一部にはまだプラットホームのかたちがそのまま残っていて、イギリスで電車がホームを出発するときよくアナウンスされる「どうぞ、ドアから離れてお待ちください」という放送が聞こえてきそう。

そんな田舎に工業用の駅など不要なはず。工業用線路ではあっても、Vのお父さんによると、ダイヤは少ないけれど客用列車もあった。林が開けたそこからの見晴らしはすばらしい。(つづく)
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by nanaoyoshino | 2010-08-21 09:09 | 世界の庭とごはん

ただまっすぐ行けば

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私とVはVの実家に行くたび、ほんの5分くらいの距離にある墓地に行く。そこにはVのお母さんやほかの親戚のお墓がある。

変な夢かもしれないけど、この墓地にVと一緒に葬られるのがいいな。
死んでしまったらどうなるかわからないので念を押すため何回かそう言ったら、Vはそういう陰気なことばっかり言うなって言う。
でも何回も言ってるからきっと覚えててくれるだろう。

イギリスで住んでいた家のそばにも墓地があった。ヴィクトリア時代ふうの、大きくて凝った門が遠くからでも目について、行ったことがある。ロンドンでは有名な作家とかのお墓がある墓地が観光地になってて、そこにも一度だけ行った。

あそれから、1000年前のお城の廃墟として観光地になってる海辺の場所の一部も墓地で、そこでは数世紀も前の墓石が、潮に吹かれて表面がケロイド状になっている。

イギリスで行ったことのある墓地って言ったらそのくらい。
どの墓地もひっそりとして人が少なく木や芝生やらがあって公園みたい。ケルト独特の繊細な幾何学模様のある十字架や、テーブルのような形のお墓や、日本のお墓とそっくりな小さな石のお墓。Vのお母さんのがそれ。

私がVの実家そばの墓地が好きな理由のひとつは、墓地は昔鉄道が通っていて今は散歩道にした道の脇にあって、その小道="walk"が大好きだからでもある。小道は私だけじゃなくVも大好きだ。

小道と言っても実際に鉄道だった頃は、Vの実家のある元炭鉱街から、そのルートで世界中に炭鉱や鉄鋼を輸出していた。だから距離としては何十キロもあって、今でもその道をただまっすぐ行けば海に出る。

今はところどころ、駅のプラットホームの面影を残しながらも、サイクリングや乗馬も楽しめる、林の中の散歩道になっている。(イギリスは今でも馬を飼っている人がたまにいる。厩まで持っている人は、お金持ちの印象)

Vの姉のバーサのだんなさんはサイクリングが趣味で、"walk"を半日くらいかけて海まで行き、いつもの海辺のレストランに車で行って待っている私たちに合流する。

海辺のレストランは、Vのもうひとりのお姉さんの家の近くにある。そしてバーサの家もこの"walk"をVの実家から7マイル(約10キロ)行った先にある。

以前私はレストランがある川の河口にある1000年前の廃墟の城から海を見ながら、日本は遠いなあ、ってよく思った。

Vの実家、お母さん、バーサの家、お城のそばに住むもうひとりのお姉さん、そして海から先の私。こじつければ、この"walk"沿いに全員がいる。

イギリスは平坦な場所も多いけど、丘も多い。その丘の尾根のようなところを通るこの"walk"はほとんど起伏がない。

だから何マイル歩いても、ずっと、とても見晴らしがいい。バスで丘の下の道を行けば20分。私とVは"walk"をいつも、約3時間歩いてバーサの家に行く。
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by nanaoyoshino | 2010-06-26 00:53 | 世界の庭とごはん

魔法のクッション

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紫陽花は雨のほうがきれいだな。Hydrangeas look more beautiful in rain.
今日はまさに紫陽花を見るのにぴったりな日だよ。Today is just an ideal day to go to look at hydrangeas.
○.・.。.・・・‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「普段着の英語」ピックアップ


格別貧乏でない時も気軽に買えるので行ったけど、
貧乏になると行く店、それは、100円ショップ。

そういえば留学しお金を使い果たして帰国したころもよく行ったな!

前から携帯クッションというのが気になってて、100円だし、ついに買ったのが半年ほど前。

4つにおりたためてセットの袋に入っているヤツ。(*1)
ちょうど折りたたみ傘くらいのサイズで、ちょっとかさばるけど、重さがほとんどない。大き目のバッグに入れてればぜんぜん気にならない。

春にイギリス行ったとき持ってって、イギリスは通り雨が多いので、いくらベンチがあちこちに
あっても座れないことが多いのだけど、携帯クッションはナイロン製でスポンジが入っているので
べつにぬれていてもヘーキ。
片面は濡れてしまっても、いつのまにかすぐ乾いてる。
泥だってすぐ乾くのではたけば落ちる。
お尻がちょうど乗るギリギリの大きさなので、あの「ブルーシート」なんかと違って、
座ったらほとんど見えない。
存在自体忘れるほど、視覚的な邪魔にもならない。

林の、倒れた木の上とかにも座りやすい。
Vと散歩に行った見晴らしのいいイギリスの丘の上(本当のイギリスの。ここは)
あー疲れた!と私だけ座ったら、Vはうらやましそうだった!

だから近頃Vの分も買って、2人ともどこへ行く時も持って行く。

昨日も毎年恒例の高幡不動(*2)の紫陽花を見に行って、雨が上がっても誰も濡れたベンチに座れない
ところ、私たちだけが座ってひと休み!

でもこのクッションが「魔法」なのは、どこでも座れちゃうってことだけじゃない。
どこでも座れることで、これまで見慣れた場所が、初めての場所のように見えるってこと。

たとえば私たちがよく行く、勝手に「イギリスの丘」と呼ぶ、近くの都市緑化区域。
ここは公園ではなく、緑化区域として都市化されていないだけなので、
ベンチやトイレといった施設はいっさいない。

ただの、時々木が生えた草っぱら。
(この頃はでも畑化される箇所がどんどん増えて、「イギリスの丘」は消滅しつつある・・・)

でかなり広いので、ひとまわりするとかなり疲れる。
最近は「魔法のクッション」を持ってくので、草の上にクッションを置いて座っちゃう。

地面が近いから、草がすぐ目の前。
じっと座ってれば虫や花も立って通り過ぎるより
近い距離で親しみを感じるし、初夏の草のにおいや地面のにおい、むっとする感じでむせかえるよう。

空が高く、近くの木の葉の風にそよぐ音や鳥の声も聞こえる。
この緑化区域はバードサンクチュアリにもなっている公園の隣にあるので
キジとか、ワシとか、いろんな鳥を見かける。

目の高さが変わっただけで、なんだか別の場所みたい。


*1 Daiso にはなぜかなく、Candoに売ってました。
*2 高幡不動についてはこちらの記事もご覧ください。
6月の花と5重の塔とエレベーターのこと
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by nanaoyoshino | 2010-06-25 02:28 | SimpleLife/普段着の英語

餃子の皮に包まれて

Vといっしょに台所で野菜と肉を餃子の皮につつんでいたら、思いは遠い中国へといざなわれた。

餃子の皮というのは、食べてるだけじゃわからないけど、ほぼ完璧な円の形をしてる。半透明にも見える薄さで、でも手のひらに載せるとしっとりとして心地よい重みがあり、ベビーパウダーを思わせるサラサラの粉が(小麦粉?)うっすらとまぶしてある。

こういうきれいなまん丸の形やら、粉のついた触感といった、手の込んだ感じが、餃子の発祥まで思いを馳せさせるのかもしれないな。

そういえば中国って、何でも「餅」って書くけど餃子の皮も「餅」って言うんだろうか。

9月に中国に行ったら、どこにでも月餅が売られていた。きっと中国の田舎の道端でも売られていた肉まん類も、餅だし、「中秋の名月」という風雅な習慣も、中国の発祥だろう。

中国人はどこでも道に品物を並べて青空市場にしてしまう。

物売りと、客の話し声、
通りを過ぎていく自動車のエンジンの音、警笛のブーブー言う音、
自転車のベルの音、
売りながら食べている(自分の昼食)食器の音、
物売りの女が歌うように同じ言葉を繰り返す透明な声などが、
小さな通りを満たす。

あるイギリス人が、日本のデパートの地下でモノを売る人がかけ声で声を嗄らしているのを
「日本人はバイタリティーにあふれている」と言うのを聞いたことがある。

中国へ行くと、売る側だけでなく買う側の交渉のバイタリティーもぜんぜん負けていない。
まるで全中国人が、生まれながらの商売人のよう。

あの光景を見た日本人たちは、たいてい、商売で中国を負かすのを、まずはバイタリティーの面であきらめてしまう。
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by nanaoyoshino | 2010-06-13 12:04 | 世界の庭とごはん

小さな「初めて」がいっぱい

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ずっとばたばたしていて、
また風邪ひいたり、税務署に行ったりであまり休めなかったので、
今日久々に休むことにした。

とはいえ仕事でブランディングに関係している会社を競合他社と比較するため、
その会社に顧客を装おって問い合わせしたりして。

これも仕事だとすれば半日働いたことになる。
でもどっちにしても必要な問い合わせだったので、やっぱり私用か。

朝と昼そういうことする合間に、
ヨーグルトにバナナを鉛筆でも削るように果物ナイフで薄切りしてのせ、
シリアルをふりかけ、
それからゆで卵にトーストと、
洋風の朝食。

今日初めてクレープを作った。

きっと「小麦粉バター卵牛乳」っていう感じで混ぜて焼くだけだろうって想像しつつ、いちおう検索してみる。

なんか仰々しい道具を用意しましょうというサイトは、面倒なのでパスして別のサイトでチェック。

材料は予想通りでも、卵の調理って思いの外難しいものだから、
火の強さだけは書かれた通り厳密に守って、あとは適当でもわりとうまくいった。

リンゴをよく煮てアップルパイの具みたいにアツアツにし、
バナナとアイスクリームもはさんで。

でもあのバターのにおいが部屋にしばらくこもるのはちょっとゲンナリ。
イギリス人たちが、カレーの料理後2時間くらい換気扇回したがった理由もわかる気がした。

それから私とVが毎週のように行く近場の公園
(林の丘の風景がイギリスの丘に似ているので勝手にEnglish Hillと呼んでいる)に、
これまた初めてひとりで行ってみた。

会社辞めて以来自転車で近所は行くのだけど、
この公園までの道がとくに広くて気持ちがいい。

べつにそれほどいい天気じゃなかったのに夕焼けの西の空がばら色に染まって、
富士山が最高。

これも初めて途中で見つけたほか弁の店でノリ弁買って、
富士山見ながらひとりでピクニック。
貧乏贅沢な午後になった。
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by nanaoyoshino | 2010-02-13 19:49 | hundreds of days off

庭はやさしく、ごはんは快楽

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自然って、先進国の街の暮らしの中では、遠い。
そういう場所からいきなり数千メートル級の山や、
人家が何十キロもない場所に行って、街灯ひとつないまっくらやみや
一歩間違えると死という場所に行くと、
街の生活では感じない何かを、感じる。

それは未知というか、「死」の隣にある生というか、こわいような生だ。

でも庭は違う。庭は人間が好きな自然を再生したかたちとおもえる。自然を作り変えたものというか。

日本のお寺なら、山水画の再現のような庭だったり。

イギリスだったら、人間に益をもたらす花や果物や野菜を配置する。

だから、庭はやさしく、ここちよい。




ごはんって、食べるとき
「いただきます」と言う。

アジアでは西洋以上に、
人間も自然の一部だとはっきり意識されている、世界って、そういうもんだと。

だから、自分が食べるために命を失う運命にある
植物や動物など「自然」にたいし、「いただきます」と感謝をささげる。

植物や動物にとってもそうだけど、
人間にとっても、
食べなければ死ぬのだから、「食べること」は「死」の隣にある。

でも「ごはん」は、快楽。

ほんとうはそうだけじゃない、かもしれなくても。
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by nanaoyoshino | 2010-01-06 02:03 | 世界の庭とごはん

バーサとサムの庭

イギリスって国土全体が庭みたい。
自然が厳しくない。たいていの国の自然よりやさしい。

草木が密集してる日本の山中は歩けないし、虫や蛇で恐怖を感じなくもない。
荒地が続くスペイン、中国、アメリカや、とがった高い岩山が多いスイスとイタリアの国境、乾ききった砂漠のアフリカやメキシコの自然などとも違う。

まばらな林があるだけか、木がなくてもヒースみたいな
背の低い植物がはえてるだけの自然。
なめらかな曲線の丘からなりたつ土地。
(もちろん真っ白い高い丘の切り立つドーバーのような
ところもあるが)ウォーキング用の靴さえはいてれば、道がなくてさえ散歩できてしまう。

イギリスに多い放牧地と放牧地の間には、「foot path」と言って、
ひと昔前に市民運動かなんかで、事実上公道化された散歩道が(おそらく)国中に整備されてる。
だから、ほんとうに国中の田舎が散歩可能な、「みんなの庭」みたい。


昔岩波文庫かなんかでちらっと読んだけど、大昔、イギリスも森林が密生し、クマなんかもいたそう。

それが人が手を加えつづけて、ああいうまばらな林、ゴルフ場っぽい風景になったそうだ。
武蔵野の林も、やっぱり100%野生ではなく、人の手が入っていると聞く。
以前書いたようにVは武蔵野の林を囲む公園を自分の庭のように思っているんだけど、それは無意識のうちに、ふるさとイギリスへの郷愁によるものなのに違いない。(武蔵野の丘を「English Hill イギリスの丘」と普通名詞を固有名詞化し公園名として勝手に呼び始めたのは私なのだけど)

自然というのは多くの人にとって脅威であり、人間にはコントロールできないものだけど
イギリスの「自然」は、人の手が入ってるから、人にやさしく見えるのか。


話はずれるけど、私は家を買ったり借りたりする時、家そのものより、家の窓から見た風景とか、環境に惚れる傾向がある。

横浜の家だって、少し歩くだけで海の香りがする土地、ということがあった。
それに正面に人しか通れない細い坂道があって、道の脇の壁は相当古い石の壁で、シダみたいな植物にびっしりと覆われている。

(細い道とか、シダに覆われた石壁とか、つまりその場所が相当古くから人に住まれてるということだ。
家を買う前、坂を行き来するイタリア人女性2人の会話が聞こえたことを今も覚えている。
そう、あの瞬間はまるでイタリアにトリップしたみたいだった。車と言う発明がなされるよりずっと前できた細い道、人の声が石の壁に響く、それが私にとっての、ヨーロッパのイメージ。)

あのとき、家を買おうと決意したような気がする。

私がバーサの家を大好きなのも、間違いなく眺望による。

屋根裏を入れて4階分もあるバーサの家。

そのすべての庭側の窓から見えるすばらしい眺望は、彼らが丹精こめている庭の延長にある、
上に書いたようなイギリス的な田舎の丘の風景なのだ。
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by nanaoyoshino | 2009-11-20 01:21 | 世界の庭とごはん

いっつもたくさん働かなくっちゃ

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イギリスのとくに街中は画一的なデザインのテラスハウスが多くって、
そこでは日本以上に庭は「猫の額」ていどの大きさ。

ずっと前日本で「イギリス人はガーデニングが好き」って聞いたとき、だから意外に思った。

バーサとサム夫婦の家は一戸建てではないが、テラスハウスでもない。

一軒の家の左右に別々の家族が住んでいる。

まあかなり一戸建てに近い感じ。

街の中心からバスか車で20分の郊外。だからか、庭は広い。

サムは早期退職してから、庭いじりにますます精を出して、川へ下りる階段を整えて
広々として踊り場を作ったり、
川べりの庭の隅に6角形のガラスの小屋を建てた。

庭の花々に囲まれ、天気のいい日は冬でも、暖房などなくても暖かく、
いつでも川のせせらぎが聞こえる。(「19 サマーハウス(夏のお茶室)にて」参照

暖房だけじゃなく電気も、電話もない。

(伝説で過去にイギリスにいたとされ、水があって人が少ないところに出没するとされる)
妖精も、夜になるとたずねてくるのかもしれない。

「なんでわざわざ遠いところへ旅行なんて行くの?こんなすばらしい庭があるのに」
とバーサとサムに言った。

「この状態にするのに、いっつもたくさん働かなくっちゃいけないのよ」

なるほど、美しい庭は、彼らにとって、すなわち重労働なのだ。
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by nanaoyoshino | 2009-11-19 01:37 | 世界の庭とごはん

庭とごはん 3つの哲学

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バーサの家は、斜面に建ってるので玄関が2階、勝手口が1階にあり、細長い斜面をずっと下ると、川の堤防がある。

自分の家の庭で釣りができるので、ごくまれにサムが釣った魚をバーサが調理することもあるようだけど、それよりはサムが庭で作った野菜をバーサが調理して食卓に並べることがだんぜん多い。ジャムは庭の果物でストックできる分までバーサが作って、パントリーに保存したり、お父さんや妹に配る。

庭のものは有機だけど、何もかも庭で作るわけじゃなくて、安いものはスーパーで買う。スーパーより安くて苦労なく作れるものだけ、庭で作る。エコの哲学より、マネー哲学なのだ。ここ数年はそれにダイエットの「哲学」が加わった。

最近のバーサの食卓は、庭でとれた「高級」野菜と、スーパーで買った庶民的野菜をまぜたサラダが中心で、それにロースとビーフ少々(日本的水準からはたっぷり)、という粗食。

居間にはいつも「スリミングビューティー」という月刊誌がころがってる。

ダイエット広告の、読者報告会「何キロやせました!」みたいな内容。(そういえば私以前仕事でそっくりな記事広告を作ってたっけ!)成功し美しく痩せた読者の紹介と、ダイエットレシピだけで構成されている雑誌。

じっさい、彼女はここんとこ相当体重を落とした。

まあでも、イギリス人の食べ物って一般にボリュームが日本人の2倍くらいな感じだし、中でも肉類と甘いものは3倍って感じ。だからこのスリミング雑誌のレシピは私からするとべつにダイエットレシピでもなんでもない。たんに、普通。

Vと中国にいっしょに旅行したとき、観光地では中国人が、商品と電卓持ってしつこく後を追ってきた。
買うとも誰も言ってないのに、「How much?(いくらなら買うか)」と、
電卓を目の前につきつける。なんともきどらない商法。

Vは、どこへ行っても追いかけられるのに、茫然を通り越して、憤慨した。
「もう二度と中国には行かない」そうだ。
価格交渉して物を買うことを、イギリス人は想定しない。

いっぱんに中国人は「拝金主義」だと言われる。
たとえばお金がない男性は、どんなにハンサムでももてない。
万一彼女がいても、そういう、打算のない恋はバカみたい、という声を聞く。

イギリス人は、いくら得した!と自慢する。
もちろんその態度を恥じるようすもない点で
中国人とはかなり違う仕様かもしれないが、やっぱりお金には
かなりきどりがなく、実際的なほうだ。
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by nanaoyoshino | 2009-11-12 23:43 | 世界の庭とごはん