人気ブログランキング |

タグ:オランダ ( 14 ) タグの人気記事

リノベでブラインドデート

e0144237_22444623.jpg
オランダでは、家に関する番組が、ほとんど四六時中、放映されてた。

オランダのだけでなく、イギリスのリノベ番組なども英語のまま放映されて。

類似の番組が多く、たぶん視聴者を飽きさせないため、それぞれ嗜好を凝らしていた。

たとえばある番組では、視聴者の女の子が一緒にリノベを手伝ってくれた3人の男から、リノベ終了後1人を選ぶ、というリノベでブラインドデート!みたいな番組とか。

たとえば、タレント(たぶん「リノベの達人」というポジションの)が、家の持ち主(視聴者)の意向を聞いて、視聴者の同居人には内緒でリノベを遂行。帰宅した同居人(恋人や家族)が「ここはどこ?」というくらい家を変えてしまう、ドッキリ番組。

新しく家を購入予定の視聴者が、国内や国外の売買物件をリポーターと見て回る。番組は物件そばの観光ポイントも紹介しつつ、価格の比較をし、彼らが買うか買わないか決定するまでを追うとか。

Vの家族は格別リノベ好きというわけではない。
Vの家で誰かがリノベに番組を見ているのを、一度も見かけてない。

Vのお父さんはほとんど24時間テレビを見ているけど、見るのは、スポーツとドラマ(警察や探偵ものと時代劇)とニュース、たまにショー番組。

テレビは1台しかないから、私もそのほかの番組を見たことがない。

でもVに聞くとイギリスもオランダ並みにリノベ番組の種類が多い、と聞く。

Vの家族にしても、壁紙貼りや壁のペンキ塗りは、すべて自分たちでやり、発注したことはないそうだ。


Vは日本にきたばかりのとき、「24時間、食べ物関係の番組がある」って言って驚いてたけど、考えてみれば別に料理番組だけじゃない。

日本ではたとえば旅の番組でも「食」は必須のポイント。

ショウ番組にもドラマにも、「食べるシーン」や舞台となった土地の名産の「おいしいもの」「味」がさりげなく、または当然の主題として紹介され、リポーターやゲストが食べるシーンが満載だ。

日本にいるとあたりまえだけど、ガイジンが見ると驚く。

日本の「食」にあたる、メインの関心事が、イギリスとか、オランダ(おそらく北欧でも。たぶん「食」への関心が宗教的にも抑えられていたプロテスタントが多い国)では、リノベとかインテリア関連なのかもしれない。
by nanaoyoshino | 2009-11-04 22:50 | hundreds of days off

誕生日の時間へ

e0144237_1404147.jpg
ある朝階段を下りてくと、泊まってた民宿はあんまり商売繁盛というようすもなかったのに、1階は満員で、乳母車なんかもおいてあったりして、足場もないほど。大人たちの間をぬうようにしてキッチンのおかみさんのところへたどりついた。おかみさんは「今日誕生日会なの」と言う。「誰の?」と言ったら、乳母車の中の赤ん坊らしい。

どことなく繊細な風情のあるおかみさんはいつも私にアームスフォルトでやってる劇や音楽のことを教えてくれた。その日は公園の劇場へと向かった。小さい町なのでどこでも歩いて行けた。池の向こうで子供たちとお母さんが「まさか」っていうくらい粗末な小屋の前で遊んで、劇を待ってた。

小屋の前列にある小さなベンチは5歳くらいの子供ばっかり。まっくらになって劇が始まる瞬間はやっぱりわくわくする。女の子がキャベツの中から生まれる。その子を好きになった農夫の少年が王さまになる。

たった一人の人形使いの女性が、黒子として隠れるわけでもなく、小さな舞台の後ろに座って全ぶの登場人物の糸を器用な指の動きで操り、声色を変える。子供たちはすっかり物語りにひきこまれて、はーってためいきついたり、おーって歓声を上げたりして目を輝かせてる。

ちょっとかぐや姫みたいなストーリーだけど、むかしキャベツちゃんって人形がアメリカで人気だったし、欧米ではキャベツって特別な意味があるのかもしれない。うーんそれにしても、オランダの子供はテレビゲームなんて与えられてないのかな?

人形劇の途中の休憩時間、そこにいた子供の1人の母親らしい人がどう見ても日本人に見えて話しかけてみたところが、日本人じゃなくって韓国系オランダ人なのだった。その日は彼女の息子の誕生日で、場内の観客全員が近所の友達とその親だそう。流暢な英語で「養子なの」って言う。オランダでは子供の誕生日を半日とか1日かけて、盛大に祝うのが習慣なのだって初めて知った。

「ジェーン・オースティンの読書会」って小説の登場人物プルーディのことを思い出した。プルーディは子供の頃自分の誕生日会をとくべつ楽しみにしてて、でもたぶんお金か時間がない母親は誕生日を開いてあげられない。

日本ではそんな誕生日会の習慣はない、知る限りイギリスでもないよ、って言ったら、「ラクでいいわね、まあでも誕生日会も楽しいわよ」って彼女は言った。

近くの彼女の家の入り口までいっしょに行く。彼女とだんなさんが、まず誕生日の息子に、それから友達の子供たち全員にプレゼントをした。その後彼女は、子供1人ひとりを自宅に送る。
「あなたのご両親はお元気ですか」
私はなんとなく尋ねた。
「私自分の両親のことは何にも知らないの」
彼女とだんなさんの子供が養子なのだと思ってた。でも違った、彼女自身が韓国人の両親からオランダに養子に出されたのだ。

彼女も、実の親じゃないオランダ人の両親にこんなふうに誕生日を祝ってもらったのかもしれない。

ヨーロッパではふつう子供をアジアの家庭みたいには、かわいがらない。アジアでは子供は血のつながりの上で自分の一部と考える。ヨーロッパでは自分とは別の個人としてクールに扱う。オランダの子供たちはこれほど大勢に祝福された誕生日の時間を、大人になったときどんなふうに思いだすのかな。
by nanaoyoshino | 2009-05-22 01:48 | hundreds of days off

移民と蚤の市

e0144237_2325779.jpg
ブリュッセルのアンティーク街はお城の中がそのまま店に引っ越した感じ。アンティークの家具、美術品、食器、金物なんかが見飽きるほどつまった店が通りに軒を連ねてる。でも値段もそれなり。

蚤の市ってのが、ヨーロッパに多い広場を使っての青空市なんだけど、引っ越すさいの不用品を並べたみたいなフリーマーケット。だけど財テク目当てじゃなく、ゴミの山から宝を探すつもりであれば、自分にだけ価値があればよいというのならいい。私が買えたもののひとつはオランダ製、ひとつはイタリア製、ひとつはフランス製の飾りや小物入れ。

蚤の市で物を売るのがなぜかほとんどアラブ人たちだった。いったいどうやってヨーロッパ中の豪奢なものを集めて売ってるのか?(金持ちがやりたがらないような)不用品回収のような仕事を請け負って、そこから金めものを見つけて売ってるんだろうか。

隣国オランダでおとぎ話でしか見たことがないくらい手の込んだ豪邸に驚いていると、サイクリングロードを無視して走って、いつのまにか味気ないビルのさびついたままの手すりや、汚れたままのコンクリートや、何も植えてない敷地にいた。

建物は日本で見慣れた団地ふう。住民は黒人かアラブ系の肌の色の濃い人がほとんど。明らかに希望のない顔つきの出入りする人々や、生気のあまりない子供の表情に、ただもうそこを早く抜け出したく自転車のペダルを漕いだ。

そういえばベルギーでもほんの15分ほど地下鉄でブリュッセルから郊外へ出れば、アラブ人街だった。空いてる宿がそこしかなくて夜中にたどりついて、朝起きてみたら、その街はブリュッセルの観光地(たとえばグランプリュスっていう世界遺産の広場とか)では見かけない、アラブ系の人ばかりで、金ぴかの日用品や、女性のベールや食べ物などアラブ人用のものしか売ってなかった。

ベルギーのPCはいくつも試したけどすべて、アルファベットしか表示しなかった。日本語も、アラビア語も、中国語も入力はもちろんできない。日本のサイトのURLを入力するとゴミのような文字になった。いろんな国のインターネットカフェやユースホステルでPCを使ったけど、アルファベットしか表示ができない経験(しかも標準的にできない)は初めてだった。

ベルギーってEUがあって国際的な街だと聞いてた。でもあくまでもヨーロッパの中心でしかないということを忘れちゃいけないのだった。ほかと結びつくと安心するのが人間の本性かもしれないけど、結びついた瞬間、結びつかなかった集団を排除することも多い。そして自分はすでにほかの人たちのことを考えてるし、思いやりのある人間だと感じて、そのさらに外側の人たちのことまで思い出すことは少ない。
by nanaoyoshino | 2009-05-14 23:25 | hundreds of days off

まるで海があるように

e0144237_2324565.jpg
アメルスフォールトを出発すると、ゴッホやミレーの農村画みたいな田園風景を自転車で走る。途中で適当にホテルか民宿を見つけて泊まろうと思ってたのに、夏のみ営業ってとこが多いみたい。日も暮れてきて少し不安になってたら交差点に「ユースホステルはこっち」と小さな看板が目に飛び込んだ。こんな何にもないとこにユースホステル?と半信半疑だったけど、ほんとにあった。

フロントの若い男性によると、このあたりの施設は、夏以外ほとんど閉まってるらしい。
「ここを去る前に見るべきとこありますか」
うーんとちょっとの間悩んだあと、彼は「ネイチャー」だって。

あーサイクリング中そこらじゅうにあった林のこと?って私が聞いたら、「まあそうだね」と彼はいい加減に言う。で、その「ネイチャー」までの行き方を書いた地図をコピーしてくれた。

翌朝も快晴で、地図のコピーに彼が○をつけてくれたとこに行ったら、人の気配はなし。車が駐車場に2台とまってて、平坦なオランダだけどわずかな起伏に少し丘みたいになったところを上ってみたら、見渡す限り真っ白な砂の海が広がった。

私が上った林のそばに、松の木がところどころはえてる、まるで地平線の向こうに、ほんものの海があるように。くぼんだところには草が少し生えてるけど、それ以外は砂地。まさかユーラシア大陸のまん中に、ほんとの海があるはずない。手に取るとまさに海辺にあるような、サラサラの細かい砂だ。

犬を散歩してる人がちらほら、砂埃のせいか、しんきろうのように遠くに揺れてる。
それ以外誰もいない。

私は広いところに出ると駆け出したくなるから、砂地を駆けようとするけど、足が軽い砂に入って走りにくい。湿ってくぼんだとこは、草が生えてデコボコしてる。

「ここは昔海だったの」
犬を放し飼いにして、砂地にたたずんでたおじさんに話しかけてみる。今はリタイアしてるけど船乗りだったっていうおじさんは、世界中旅したはずなのに、他のオランダ人はたいてい話せる、英語もほとんどしゃべらない。ぴょんぴょん駆けまわる自分の犬と、砂地を遠くに見晴らしながら「mooi(モーイ)」(ステキだ)ってただ一こと言った。*

そして自分自身の驚きのなか、私はなぜ自分が旅をするかってことに気づいた。

*この場所Soest には駅があり、アメルスフォールトからも、30分以内かと思われます。
by nanaoyoshino | 2009-05-08 23:22 | hundreds of days off

ほかにどうにもならないじゃありませんか?

e0144237_0172351.jpg
なぜ旅をするのか。そのことに改めて気付いたのはオランダである風景にであったとき。


世界遺産のツアー客から逃れることばかり書いたけど、ツアーそのものには何の問題があるわけじゃございません。

私だって英語能力はよく言って、ネイティブの5歳児レベル。他の外国語はいっさい話せません。コミニュケーション能力に不安はおおありだし、これでもし自由になる時間も限られたてたら、ツアーに参加するよりほかにどうにもならないじゃありませんか?



会社やめてまで一週間以上旅をしたかった酔狂な私なのに、一週間くらいたったらあまりの一人旅のさみしさに日本に帰国したくなった。航空チケットのウラとオモテの小さい字をスミからスミまで読んで期限変更できないか、という文言を探したけど、ダメそうだった。

そんなこんなしてるうち一週間以上たってやっと天気がよくなって、念願の自転車でアメルスフォールトを出発した。
by nanaoyoshino | 2009-05-08 00:18 | hundreds of days off

ふとんの上でまどろむと

e0144237_23462188.jpg
子供の頃海水浴をした日の夜、ふとんの上でも足の裏に波が揺れてるように感じませんでした?

自転車を長いこと漕いだ日の夜は、まどろむと足の裏でまだペダルがくるくる回ってるみたい。

自転車って言うと以前は中国のイメージだったけど、最近の北京はどうなんだろ。中国人が自転車に乗っているのは経済的理由が大きいと思う。でもオランダの自転車は・・・。


オランダ人が自転車を愛してるかどうかなんて、知らない。


聞けばやっぱりたぶん、
「自動車と違ってお金がかからないからさ」とかなんとか、クールに答えるかも。

私がオランダを自転車で走ることにしたのは、自転車で長~い距離走っても、ラクだから。もちろんオランダといえばまっ平なところで。

自転車人口が多そうな中国でも、日本と同様、車も自転車も歩行者も、みーんな、おんなじ道路を走る!だから自転車にずっと乗ってると、排気ガスをめいっぱい吸い込むわ、乱暴な運転手に殺されそうになるわ、カイテキというよりキョーフ。

オランダの自転車は、アンゼン・カイテキ。

なぜなら、サイクリング専用道路(フィッツパッドと言う)が国中?にはりめぐらされてる!(ラシイ。国中まで行ったことないけどそう聞いた)

長距離移動もラク!

私の場合1日平均約30kmの走行距離のほとんど、木漏れ日が踊る中でペダルをふんでいた。森林の“フィッツパッド”や、ゴッホやミレーの絵さながらの巨大な並木の間、ひとつの町くらい大きいお城の敷地の中(東京で言うと皇居の中の感じ)とかを。

サイクリング用地図には自転車で走りやすいルートが書かれてる。時にはあえて小さな町の可愛らしい商店街へ迂回するルートになってたりとかもご愛嬌。*

オランダ人は背が高いので、自転車の輪がかなり大きい。帰国してから自分の自転車に乗ったら、子供用みたいに見えたなー。



*レンタル自転車屋は各駅にあって夜遅くまで営業してたりするし、サイクリング用の地図は町の観光案内で手に入る。ただ森の中のサイクリングは標識が少なく、ヨーロッパはいまだに趣味として乗馬をする人がいるので、乗馬道と“フィッツパッド”の区別がときどきわかりにくい。
by nanaoyoshino | 2009-05-05 23:51 | hundreds of days off

無用の官能

e0144237_2305216.jpg
実はこのオランダベルギーの旅行中、私は毎晩とまで行かなくても相当な頻度で音楽や演劇など、観劇ざんまいをしてた。アメルスフォールトでも民宿のおかみさんに聞いて、民宿のある広場の裏ホフにあるバーレストランへ、音楽を聴きに行った。

もちろん音楽ならなんだっていいというワケじゃない。このときはバルカン祭り、と銘打ってのジプシーの音楽だった。本物のバルカンジプシーらしい、すこし暗い目をした人のバイオリンはとってもテンポが早い。

アメルスフォールトって観光客は極端に少ないように思う。城砦のあった場所は今では運河沿いの建物に変わっても、運河も町も橋がかかった門も、中世のまま時が止まってる。一日中広場には人が集まりグラスをかたむけ、平日でさえ流しの音楽家が音楽をしながらチップをもらい、毎時間人形が飛び出て時刻と音楽をかなでる古い時計に人びとが立ち止まる。休日のボートめぐりさえ、もう何度もそのボートにのっているけど天気がいいからって言う地元民が、私のためにガイドをしてくれる。

バルカン祭りだって、地元っぽい老若男女ばっかり。不思議だったのが、大人はカップルや数人のグループが多かったけど、20代の若い人たちはなぜか、1人できてるように見えた。小さなギリシャレストランでのできごとなので、みんなジプシー音楽にのって踊りがコミニュケーションとなって、2人ずつ絡みながら踊る。それが決まった相手じゃなくって、どんどん相手を変えてく。しかも休憩が何回かはいっても、その間、さっきまでからみあってた相手とでも、誰とも特定の人と話してない。見たところ男女ともみんな単独で1人で来て、ナンパするんでもなく、ひたすら踊ってる。

ときには若い女どうし微笑みあったり、手をつないだり、しなやかに、情熱的に、視線とカラダをからませあい、官能を惜しみなく表現しながら、誰も直接的に誘惑するわけでもない。そんな女たちを見てたら「暗殺の森」っていうベルナルド・ベルトリッチの映画で踊るドミニク・サンダとステファニア・サンドレッリを思い出した。

そう、頽廃の意味は、衰えて不健全に(非実際的に)なることなのだ。ヨーロッパとは、繁栄が衰え何世紀かたった後の場所だ。彼女たちの官能はただ、そこにあって、無用に観衆にさらされてる。あれほどの頽廃は、映画だけの世界かと思ってた。
by nanaoyoshino | 2009-05-04 23:05 | hundreds of days off

あんまりいとおしくて

e0144237_23102719.jpg
オランダとは何かって、ずっとばかばかしくも壮大に考え続けてる。だって、イタリアに魅了され続けた私には、アメルスフォールトや、自転車で訪れたユトレヒトがまるでイタリアみたいなフンイキだったのがわりと衝撃だった。オランダとイタリア・・・あんまし結びついてなかった。ただずっと前書いた、イギリスでハウスシェアしてたオランダ人の性格は、イタリアっぽかった。

あんまりものごとに真剣すぎないっていうか、ものごとを婉曲に見ておもしろがってるんだけど、イギリス人のセンスオブユーモアとも違う、もっと軽い感じ。イギリス人のセンスオブユーモアって、イギリスにどっぷりつかたらないとたぶん理解できない、フクザツなものなんだけど、もっとストレートなのがオランダでは?

イギリス製ユーモアは真剣になりすぎて、辛くなって耐えられなくなって笑っちゃった、みたいな、大人のシニカルさを感じるんだな。でもオランダの軽さは明るくて人生を楽しもうっていう、前向きさのように感じた。

夢の町アメルスフォールト、それはその町が、あんまり美しくて、しかもその美しさが意識されておらず、地元民がのびのびと暮らしてるから。ほら、美人なんだけど、「私は美人です」っていう人って、鼻につくというかしらけるというか。でもすごい美人なのにちっともそれを意識してなくのびのびとして、三枚目の部分もある人なんかにあった日には、存在そのものがいとおしい。たとえていえばそんな感じ。

次回も夢の町アメルスフォールトのこと、もう少し書きます。
by nanaoyoshino | 2009-05-03 23:11 | hundreds of days off

こういう暴挙に出る旅行者はたぶん少ないのだけど

e0144237_1363377.jpg
キャンディー屋のおばあさんの笑顔とオランダ語の素朴なひびきに、一刻も早くオランダに戻りたくなっちゃった。世界遺産には懲りたから、勇気を出してぜんぜん聞いたことのない駅(アメルスフォールト*)で下りてみる。こういう暴挙に出る旅行者はたぶん少ないのだけど、とりあえず下りる前に向かいに座ってた感じのいい女性に聞いた。
「次の駅はホテルがある町ですか」
(実はこれは念のため2回目の質問。電車がトラブルで止まったとき、調整してた駅のおっさんに同じ質問をした。おっさんは「きっとあるよ」って答えてくれた)
女性はけっこう駅から遠いのに、観光案内所まで連れてってくれた。
「観光地だったの?」
観光案内所があることにまず驚く。

渡された地図を見ると、ヨーロッパに典型的な美しい城塞都市のフンイキ。(この地図にも主要な建物の絵が、描いてある)

こういう古い町はふつう、中心が駅から少し離れてる。歩いってったら、想像以上に完璧な中世のままの街。

観光案内所の人がおすすめしてくれた民宿は、この町でもっとも古い「グロンマルクト」(野菜市場の意味)とか言う広場にあった。ここは町の中心の、一番大きな広場「ホフ」(庭の意味)に隣り合う、町で最も古い広場だという。

ホフのグロンマルクトと反対側の広場、以上3つの広場にはまず、一日中人がなんやかや集まってるのだけど、週末だったせいか、夜9時頃から人声が増え11時頃から飲んで騒ぐ若者やおじさんたちの叫び声が3時頃まで、まったく止まず。それがよーやく収まったと思ったら、早朝4時頃私の部屋のま向かいにあるシント=ヨリス教会との細い通りで、巨大なゴミ箱のまわりが騒然としてきた。

トラックが作業する機械の音、どったんばったん路上のものを動かす音、何やら指示しあう叫び声、車のエンジンの音。しばらくの間そのゴミ処理トラックが作業をしてるらしいな、って半分眠りつつ思う。

その騒音もやっと終わった朝7時頃、雷のような轟音に今度は完全に目が覚めた。とブラインドを開けて広場を眺めるとなんと60台くらいのバイクに乗った黒い革ジャンのおっさんたちが、いっせいにエンジンをふかしてる。一番前でバイク男たち全員に怒鳴っている男がいる。彼の叫ぶのにあわせて、他の連中がおう!っていちいちシュプレヒコールをあげてる。予定の行動らしく、まわりを警察が取り囲んで警備もしっかり。

このバイク集会がなんだったのかは、最後までわからなかったけど、私が静かな眠りについたのは集会が終わった朝8時以降だった。アメルスフォールトの広場では、いつも何かが起こっている。


*Amersfoort アムステルダムから電車で1時間。この名のつく駅は3つあるけれど、そのうち初めの駅から徒歩5分くらいのところに観光案内所が。
by nanaoyoshino | 2009-05-01 01:44 | hundreds of days off

オランダとイギリス <番外編>

e0144237_225655100.jpg
オランダといえば、売春、ドラッグ、安楽死を合法化し、実験的な国家として有名で、イギリスの方が保守的なイメージ。

後でVにオランダの民族衣装の話をしたら、イギリスの田舎でも昔おばあさんはそういう白いレースかぶってたんだって!やっぱ似てるのか?ただ今どき普通のおばあさんが民族衣装ってことは、ないって言う。いや、オランダのほうが保守的?

イギリス(UK)内で知られた民族衣装と言えば、スコットランドのキルト(タータンチェックのスカート姿)だ。誇り高いスコティッシュの、全員揃ってキルト姿のグループをなぜかオランダベルギーのあちこちで見た。ちなみにイングランドの人はスコットランドはわれわれの一部、とかるーく考えてることが多いけど、スコティッシュはイングランドとわれわれはまったく別である、と断固とした態度でいる。(だから民族衣装でお揃いで移動するのか?)

余談だけど中国の雲南省に旅したとき見た衣装のデザインのひとつは、巨大な帽子(私がよく見た帽子のつばは、直径60cmくらいでじつに華麗なものだった)、金銀のふち飾り、原色系のビロードのベストと、不思議にも映画などで見るイタリアの中世の貴族の衣装ふう。ど派手なのに、息を呑むほど斬新で洗練されてた。

なのに当然ながら若い人はぜんぜん着てない。デザインはまったく違うけど、おばあさんが日常生活(市場や田舎で)で着てる、という点は同じだった。
by nanaoyoshino | 2009-04-18 22:57 | hundreds of days off