<   2009年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧

Mの国、Mの気持ち<Advertising Peace Project-3>

最近いったん終わった平和広告を作るボランティアのプロジェクトは、
まず課題を紛争国から来た者(私のポスターはM)が決めるところから始まる。

M(仮名)は、穏やかな人だ。くもりのないまなざしは純粋そう。

Mと、やはりボランティアで担当してくれたアートディレクターと3人一緒に会ったのは、ある夏の日、一度だけ。Mの住む郊外の駅前のコーヒーショップで、私はアイスコーヒーを注文した。

私のコピー3案くらいと、アートディレクターのビジュアル案3案くらいについて、
「あなたの国の人だったら、このポスターどう思いますか?」というのが、Mへの私たちの問いだった。
「女人禁制の場所」など、関連記事を過去に書いています

その後私はVの実家のある英国に何週間かいて、帰国してから私も10案くらい新たな企画を立て、アートディレクターも新たに10案近くを、美しいデザインにまとめた。

結局使ったのは、戦争がテーマにも関わらず彼の国の伝統料理を扱った、1案だけだった。

私の企画案・コピー案についての、Mからのメールには「not good」という言葉がよく現れた。メールはけっこう、ズバっと、直球。

いったん「perfect」とか書いておきながら、そう書いてあったからこそ、その案ですすめてたら、ギリギリの段階で「not good」とかいうメールが返ってきて、あわてて会いにいったりしたことがある。

なんとか折り合いをつけてポスターは完成した。
展示室でポスターの横に貼る説明としてMにコメントを書いてもらった。

「not good」というメールをもらい続けたので、彼はこのポスターを気にいってないのではと不安だった。

展示前にメールで送られてきた、Mが書いたその説明を読んで驚いた。

彼の言った言葉を、私がそのままポスターに書いたかと思えるほど、このコピーを書いた私の気持ちは、そこに書かれた彼の気持ちだった。またそこに補足として書かれた、自国の紛争についての文には、彼の穏やかなまなざしからは想像もつかない、戦争状態の自国への苦悩がつまっていた。
<つづく>
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by nanaoyoshino | 2009-11-30 00:41 | hundreds of days off

ある日本人の生き様<Advertising Peace Project-2>

この方はずいぶん著書があって、私はその一部しか読んでないけれど、どれもとてもおもしろい。

私はボランティアとかNGOとかについて、ずっと余暇として時間があるときに少し、関わっていた。

エマウスキャンプで廃品回収したのは数回の休暇のうち各数週間、身体障害者の介助を少ししたりエマウスの家事手伝いしたことは週末だけ、期間も2ヶ月くらい、あとは人権活動団体で年に数回ではあるけれど、何年間か記事を翻訳してきたという程度の関与だ。

この方は、職業として、途上国への金銭的な援助にもとづくインフラ整備などの開発援助を専門とし、その後いくつかの国で紛争する国の間に入って武装解除を指揮した。

やっぱり、関心の対象は自分と似ているので、同じ場所であのとき会ってたかも?とか、もしかすると私の友人と紛争国で会ってたんじゃ?とか、時間と場所で経験がどこか重なる部分は瞬間的にはあるけれど、関与のしかたはまったく違う。

そもそもこの方は、アマチュアとしてでなく、プロとしてでないと、中途半端な関与になる、というふうな見方をしている。いっぽう私はそういうことでお金を稼ぐ、ということはしていない。

人権団体での翻訳っていうのは、あるニュースを国際的に知らせることである。マスコミは人間の本能に訴える話題(シモネタ、暴力、有名人とか)はセンセーショナルに報道するけど、無名の新聞記者や活動家が、彼らなりに仕事であってもできごとを伝えようとか、世の中を少し正そうと判断した活動の結果、逮捕され行方がわからないなどのニュースは世界中で起こっていてもとりあげない。理由はマスコミも商売だから。メインは、読む人が関心のある話題しかとりあげられないのだ。

お金を送ることをまず前提にした開発援助っていうものは、彼の本を読んでもかなり複雑だ。お金を送ったからって、どのように使われるのか?それを管理しきれてないと、徒労な感じがする。だからこそ、彼のような開発の専門家が必要なのだけれど。

だから私は、お金を送るということは特別な時以外ほとんどしてない。翻訳する、ウェブサイトに載せる、印刷し送る、っていう活動は、開発援助とは質的にぜんぜん違って報道に近い。ただ目的は報道そのものでなく報道の結果世界に関心を持ってもらい、国際社会の目=関心を独裁政権などに示すことで、人権侵害(法的根拠のない恣意的な逮捕や暗殺など)の状況を改善する、ていうもの。

職業として行うのは、私自身一時そのような形で参加したこともあるけど、この手の「もうからない種類の仕事=援助系の仕事」は、専門家とボランティアが協力していくのが理想だと思う。

理由は、無知による勘違い、スキルがない、などのデメリットはあるとしても、これまでの経験からはモチベーションが高い人は、有償の専門家より無償のボランティアのほうが多かったから。もちろんモチベーションが高ければなんだっていいわけじゃないが、お金目的ではないモチベーションが必要とされる種類の仕事だと思う。でないと、著者が危惧するように、開発援助団体が自身の生き残りのために、紛争を阻止しない、という本末転倒だって起こりかねないのじゃないかな?

この方の著書は、私には興味があったけど、ほとんど知らなかった世界の話だ。知らなかったと言っても、友人でその世界の人などから聞きかじってたことの実情が明解に書かれていたりもして、抜群に読み応えがある。

たとえば、援助と称してでかける外国人が地元に必ずしもとけこめず、援助に行ったのか休暇に行ったのか第三者から見れば疑問なケースとか、送ったお金のうち一定量は、必然的に独裁者の政治家のふところを暖めていて、どんなに頑張ってもできることはその部分を最小限に留めることだけ、とか。
援助系NGOがいかに「人助け」のセンチメンタリズムに陥って自浄作用の機会を逸してるか、など説得力に満ちている。

この方の本は経験則にもとづく見解にあふれ、絶対に理想論だけにはならず、理想は持ちつつ、徹底して結果主義。推測するに、もともと実際家タイプなのだろうけど、これだけ結果主義にならざるをない(独裁政治家とも、必要なら手を結ぶなど)ほどの現状が、悲しいけど彼の見てきた途上国の現実なのかもしれない。
<つづく>
ここで主にふれている本 伊勢崎賢治 「NGOとは何か」
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by nanaoyoshino | 2009-11-25 00:55 | hundreds of days off

きっかけはぜんぜん違う<Advertising Peace Project-1>

先日ボランティアで平和広告プロジェクトに参加した。

つまり、外国人と広告業界の人たちがいっしょに、営利目的ではなく
彼らの国の紛争を防止する目的の広告を作ろう、という企画。

最初ぎょうぎょうしくNGOとかの、ボランティアメンバーが集められ、その企画を聞かされたときは、
趣旨も方法も、なんだかさっぱりわからなかった。

どこに出すの?何語で?紙?インターネット?テレビ?
どの戦争?いったい誰が見るの?誰がおカネ出すの?

ってもう次々に「?」が出てきた。

主催者は、大学の先生2人なのだけど、1人は広告業界出身で、私はこの方と仕事で知り合った。私と価値観が似ているな、って思ったのだけどその方についてものすごくいろんなことを言う人がいて、他人の評判を信じないようにするのに苦労したっていうほど。

そのくらい、いろんなこと(極端に良いことと極端に悪いこと)を言う人がいた。

「有名になりたいからああいうことをやってる」という人もいた。
マスコミに出たりしてる人なので、やっかみ?って思うこともあった。

そんな評判を聞きながら、どういう方なのか?ってずっと不思議な感じを持ち続け、この方と近いところで仕事をしていた人の話や、この方の書いた、小説(私小説っぽい)を読んだら、なんとなく腑に落ちた。

この方は、たぶん、それまである意味楽しく広告の仕事をしてたんじゃないかな?広告制作の業界っていっても、もちろんいろんな人がいて、流行が大好きな軽~い人も、ごくまっとうな人も、いる。

ただ現実的なことや世間のことにはやや疎そうな人も、制作関連の人には多い。

どっちかいうとそういう感じがするこの方にとっては、こういう社会的な企画や活動は、言い方は悪いかもしれないけど、子供が夢中になれるおもちゃを見つけたみたいに、初めて出会ったまっしぐらにのめりこめる活動、たぶん他に変えられない活動なのではないか?と、そんな感じがした。
おもしろ半分にやってる、という意味ではなく、もともとあった他人を思いやる、やさしい気持ちが、こういう活動への情熱になっているのだと推測する。


もう1人の主催者は、本人には何回かお会いしても話したことはほとんどないので、おもに本で読んだ知識では、これまたぜんっぜん違うきっかけでこういう企画を始めたと思う。この方は育った環境の身近に裕福と言えない人がいて、その人たちに発展途上国の人たちと共通点があった。
<つづく>
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by nanaoyoshino | 2009-11-24 00:54 | hundreds of days off

おとぎ話の村と、大量生産品

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私とVはときどき、3時間かけてバーサとサムの家まで歩いて行く。Vの実家から、前回書いたようなイギリス中にあるというfoot path(小道)を通って行く。

道中はずっとのどかな林の中だけど、3時間も歩けば、各場所に物語のようにさまざまな展開があって、私もVもこの道を歩くのを、休暇ごとほんとうに楽しみにしている。(これに関しては少しずつ書いていきます。)

3時間歩いた後に pathをはずれてVの家からバーサの家へいくとき、古い石の家ばかりの、おとぎ話のような村を抜ける。バーサの家の庭へともつながる川にかかる、美しい石の橋を渡る。

それから川ぞいのバス通りを20分ほどいくとバーサの家がある。

バーサの家のあるあたりは、古い橋がある村よりはたぶん100年ぶん位新しい家が多く、それぞれの家には庭がある。

何年か前バーサから日本の私たちのところに電話があって、庭にサマーハウスを建てたと聞いたときは、見るのをとても楽しみにしてた。。(「いっつもたくさん」参照
子供の頃おばあちゃんが見せてくれた、庭にドイツ人が作ったと言うやっぱり6角形だったか8角形だったかの、立派そうな(ぼろぼろの写真だったからよくはわからなかった)サマーハウスを想像してたから。

でも次の休暇のときに実物を見たらガッカリして、「どうだった?気に入った?」とサムに聞かれたときは困ってしまった。

ぴかぴかのガラスの小屋が、まるで大量生産の安っぽい規格品で、とってつけたみたいに見えたのだ。バーサがサマーハウスを建てて以後初めて、このあたりのほとんど家の庭に、サマーハウスがあるのに気がついた。
バーサとサムもきっと、まわりの家にあるサマーハウスを見て、自分の庭にも、と思ったのかな?

でも数年たった今はサマーハウス自体が古びて、まわりの花や木とも家ともしっくりと調和してきたように見える。

Vの家からたどりつくと、バーサはいつも手作りのアップルパイやスコーンを焼いて、待っていてくれる。庭を通って、川のせせらぎの聞こえるサマーハウスまで、おやつとお決まりのa cup of teaを届けるために。
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by nanaoyoshino | 2009-11-23 01:34 | 世界の庭とごはん

バーサとサムの庭

イギリスって国土全体が庭みたい。
自然が厳しくない。たいていの国の自然よりやさしい。

草木が密集してる日本の山中は歩けないし、虫や蛇で恐怖を感じなくもない。
荒地が続くスペイン、中国、アメリカや、とがった高い岩山が多いスイスとイタリアの国境、乾ききった砂漠のアフリカやメキシコの自然などとも違う。

まばらな林があるだけか、木がなくてもヒースみたいな
背の低い植物がはえてるだけの自然。
なめらかな曲線の丘からなりたつ土地。
(もちろん真っ白い高い丘の切り立つドーバーのような
ところもあるが)ウォーキング用の靴さえはいてれば、道がなくてさえ散歩できてしまう。

イギリスに多い放牧地と放牧地の間には、「foot path」と言って、
ひと昔前に市民運動かなんかで、事実上公道化された散歩道が(おそらく)国中に整備されてる。
だから、ほんとうに国中の田舎が散歩可能な、「みんなの庭」みたい。


昔岩波文庫かなんかでちらっと読んだけど、大昔、イギリスも森林が密生し、クマなんかもいたそう。

それが人が手を加えつづけて、ああいうまばらな林、ゴルフ場っぽい風景になったそうだ。
武蔵野の林も、やっぱり100%野生ではなく、人の手が入っていると聞く。
以前書いたようにVは武蔵野の林を囲む公園を自分の庭のように思っているんだけど、それは無意識のうちに、ふるさとイギリスへの郷愁によるものなのに違いない。(武蔵野の丘を「English Hill イギリスの丘」と普通名詞を固有名詞化し公園名として勝手に呼び始めたのは私なのだけど)

自然というのは多くの人にとって脅威であり、人間にはコントロールできないものだけど
イギリスの「自然」は、人の手が入ってるから、人にやさしく見えるのか。


話はずれるけど、私は家を買ったり借りたりする時、家そのものより、家の窓から見た風景とか、環境に惚れる傾向がある。

横浜の家だって、少し歩くだけで海の香りがする土地、ということがあった。
それに正面に人しか通れない細い坂道があって、道の脇の壁は相当古い石の壁で、シダみたいな植物にびっしりと覆われている。

(細い道とか、シダに覆われた石壁とか、つまりその場所が相当古くから人に住まれてるということだ。
家を買う前、坂を行き来するイタリア人女性2人の会話が聞こえたことを今も覚えている。
そう、あの瞬間はまるでイタリアにトリップしたみたいだった。車と言う発明がなされるよりずっと前できた細い道、人の声が石の壁に響く、それが私にとっての、ヨーロッパのイメージ。)

あのとき、家を買おうと決意したような気がする。

私がバーサの家を大好きなのも、間違いなく眺望による。

屋根裏を入れて4階分もあるバーサの家。

そのすべての庭側の窓から見えるすばらしい眺望は、彼らが丹精こめている庭の延長にある、
上に書いたようなイギリス的な田舎の丘の風景なのだ。
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by nanaoyoshino | 2009-11-20 01:21 | 世界の庭とごはん

いっつもたくさん働かなくっちゃ

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イギリスのとくに街中は画一的なデザインのテラスハウスが多くって、
そこでは日本以上に庭は「猫の額」ていどの大きさ。

ずっと前日本で「イギリス人はガーデニングが好き」って聞いたとき、だから意外に思った。

バーサとサム夫婦の家は一戸建てではないが、テラスハウスでもない。

一軒の家の左右に別々の家族が住んでいる。

まあかなり一戸建てに近い感じ。

街の中心からバスか車で20分の郊外。だからか、庭は広い。

サムは早期退職してから、庭いじりにますます精を出して、川へ下りる階段を整えて
広々として踊り場を作ったり、
川べりの庭の隅に6角形のガラスの小屋を建てた。

庭の花々に囲まれ、天気のいい日は冬でも、暖房などなくても暖かく、
いつでも川のせせらぎが聞こえる。(「19 サマーハウス(夏のお茶室)にて」参照

暖房だけじゃなく電気も、電話もない。

(伝説で過去にイギリスにいたとされ、水があって人が少ないところに出没するとされる)
妖精も、夜になるとたずねてくるのかもしれない。

「なんでわざわざ遠いところへ旅行なんて行くの?こんなすばらしい庭があるのに」
とバーサとサムに言った。

「この状態にするのに、いっつもたくさん働かなくっちゃいけないのよ」

なるほど、美しい庭は、彼らにとって、すなわち重労働なのだ。
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by nanaoyoshino | 2009-11-19 01:37 | 世界の庭とごはん

庭とごはん 3つの哲学

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バーサの家は、斜面に建ってるので玄関が2階、勝手口が1階にあり、細長い斜面をずっと下ると、川の堤防がある。

自分の家の庭で釣りができるので、ごくまれにサムが釣った魚をバーサが調理することもあるようだけど、それよりはサムが庭で作った野菜をバーサが調理して食卓に並べることがだんぜん多い。ジャムは庭の果物でストックできる分までバーサが作って、パントリーに保存したり、お父さんや妹に配る。

庭のものは有機だけど、何もかも庭で作るわけじゃなくて、安いものはスーパーで買う。スーパーより安くて苦労なく作れるものだけ、庭で作る。エコの哲学より、マネー哲学なのだ。ここ数年はそれにダイエットの「哲学」が加わった。

最近のバーサの食卓は、庭でとれた「高級」野菜と、スーパーで買った庶民的野菜をまぜたサラダが中心で、それにロースとビーフ少々(日本的水準からはたっぷり)、という粗食。

居間にはいつも「スリミングビューティー」という月刊誌がころがってる。

ダイエット広告の、読者報告会「何キロやせました!」みたいな内容。(そういえば私以前仕事でそっくりな記事広告を作ってたっけ!)成功し美しく痩せた読者の紹介と、ダイエットレシピだけで構成されている雑誌。

じっさい、彼女はここんとこ相当体重を落とした。

まあでも、イギリス人の食べ物って一般にボリュームが日本人の2倍くらいな感じだし、中でも肉類と甘いものは3倍って感じ。だからこのスリミング雑誌のレシピは私からするとべつにダイエットレシピでもなんでもない。たんに、普通。

Vと中国にいっしょに旅行したとき、観光地では中国人が、商品と電卓持ってしつこく後を追ってきた。
買うとも誰も言ってないのに、「How much?(いくらなら買うか)」と、
電卓を目の前につきつける。なんともきどらない商法。

Vは、どこへ行っても追いかけられるのに、茫然を通り越して、憤慨した。
「もう二度と中国には行かない」そうだ。
価格交渉して物を買うことを、イギリス人は想定しない。

いっぱんに中国人は「拝金主義」だと言われる。
たとえばお金がない男性は、どんなにハンサムでももてない。
万一彼女がいても、そういう、打算のない恋はバカみたい、という声を聞く。

イギリス人は、いくら得した!と自慢する。
もちろんその態度を恥じるようすもない点で
中国人とはかなり違う仕様かもしれないが、やっぱりお金には
かなりきどりがなく、実際的なほうだ。
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by nanaoyoshino | 2009-11-12 23:43 | 世界の庭とごはん

あの家を初めて訪れたとき

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バーサは、Vの上のお姉さん。
結婚と同時に買った家は、たまたまその家の前を通りがかっただんなさんが気に入って申し込んでしまい、バーサには事後承諾だったとか。当時家は、廃墟のような悲惨な状態だったと言う。

だんなさんとは、前の職場での職場結婚。
バーサはその後転職したけど、だんなさんのほうはバーサと知り合った職場に勤め上げ、2年位前、60代を前に早期退職した。

だんなさんの退職後、バーサも早期退職し、ふたりとも30年以上勤めた会社からの年金なで、わりあい余裕のある生活をしてるように見える。

家は、1階にガラスばりのコンサーバトリー(サンルーム)や、物置、洗濯室、パントリー(食品用の倉庫)があり、2階にはキッチンと食堂と居間が2つ、3階には寝室が2つ、屋根裏にも寝室がある。

古い家が多いヨーロッパでは、家の購入価格以上に、リノベーションに費用をかけるのは珍しくないように見える。

私が初めて訪ねた10年以上前、ようやく、1階と2階をリノベーションし終わったところだった。3階から上はほぼ手付かずで、壁紙もなかった。

数年後には、まったくの物置だった屋根裏スペースが、ホテルのようなアン・スイート(バストイレつき寝室)に変わっていて、案内されたとき、屋根裏への、暗くて細い階段をわくわくして上ったのを覚えている。

その後3階の、壁に埋まっていたヴィクトリア時代の暖炉や、美しい階段の手すりをみつけて再生。

さらに、庭いじりのときのため、1階の庭のそばにトイレを増設した。

去年、居間の暖炉や壁を、柄の多いクラシックな仕様から、シンプルでモダンな仕様に作り変えた。

もとの家は状態がひどかったので安価で買ったそうだ。当時お金がなかった頃はほぼ全部セルフでリノベーションし、余裕ができてからは毎年大工を入れていたよう。

自分たちの経済状況に合わせ、30年かけてほぼすべてリノベーションし終わった家。でも、東洋風な床タイル模様や、掘り出され磨かれたヴィクトリア朝の暖炉など、数百年前に建てた頃のままのはず。

初めに自分たちでリノベしたらしい2階は、キッチンと食堂を庭に向けて増設し、庭に向けてガラス張りにされ、庭とひとつに見える。何代も以前の持ち主の意匠と、今の持ち主の意匠があたたかくマッチしている。庭のことは次回書きます。
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by nanaoyoshino | 2009-11-07 23:52 | hundreds of days off

リノベでブラインドデート

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オランダでは、家に関する番組が、ほとんど四六時中、放映されてた。

オランダのだけでなく、イギリスのリノベ番組なども英語のまま放映されて。

類似の番組が多く、たぶん視聴者を飽きさせないため、それぞれ嗜好を凝らしていた。

たとえばある番組では、視聴者の女の子が一緒にリノベを手伝ってくれた3人の男から、リノベ終了後1人を選ぶ、というリノベでブラインドデート!みたいな番組とか。

たとえば、タレント(たぶん「リノベの達人」というポジションの)が、家の持ち主(視聴者)の意向を聞いて、視聴者の同居人には内緒でリノベを遂行。帰宅した同居人(恋人や家族)が「ここはどこ?」というくらい家を変えてしまう、ドッキリ番組。

新しく家を購入予定の視聴者が、国内や国外の売買物件をリポーターと見て回る。番組は物件そばの観光ポイントも紹介しつつ、価格の比較をし、彼らが買うか買わないか決定するまでを追うとか。

Vの家族は格別リノベ好きというわけではない。
Vの家で誰かがリノベに番組を見ているのを、一度も見かけてない。

Vのお父さんはほとんど24時間テレビを見ているけど、見るのは、スポーツとドラマ(警察や探偵ものと時代劇)とニュース、たまにショー番組。

テレビは1台しかないから、私もそのほかの番組を見たことがない。

でもVに聞くとイギリスもオランダ並みにリノベ番組の種類が多い、と聞く。

Vの家族にしても、壁紙貼りや壁のペンキ塗りは、すべて自分たちでやり、発注したことはないそうだ。


Vは日本にきたばかりのとき、「24時間、食べ物関係の番組がある」って言って驚いてたけど、考えてみれば別に料理番組だけじゃない。

日本ではたとえば旅の番組でも「食」は必須のポイント。

ショウ番組にもドラマにも、「食べるシーン」や舞台となった土地の名産の「おいしいもの」「味」がさりげなく、または当然の主題として紹介され、リポーターやゲストが食べるシーンが満載だ。

日本にいるとあたりまえだけど、ガイジンが見ると驚く。

日本の「食」にあたる、メインの関心事が、イギリスとか、オランダ(おそらく北欧でも。たぶん「食」への関心が宗教的にも抑えられていたプロテスタントが多い国)では、リノベとかインテリア関連なのかもしれない。
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by nanaoyoshino | 2009-11-04 22:50 | hundreds of days off

シックなちりとり

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先日家を借りて住んでくれる方に挨拶しに行って会った。

家の中は彼女のモノがいっぱい。

ここにコートかけて、ここに化粧品置いて、と
私が想定したとおりに使っていただいているのを見ると、なんだか感動と感謝の気持ちでいっぱいに。

ほとんどは私とVでここがいいかな?もっちょっと上でしょ、いやここは壁の中が空洞だからダメだぞ、とか言い合いながら、ドリルドライバーと格闘してとりつけた苦労の結晶だし。

感じのよい上品な美しい方で、それが何よりもうれしかった。

私にとって女性のぱっと見の美しさはたたずまいみたいなもの。
どこか手入れがいきとどいてる(精神的なものでも、みかけでも)感じといったらいいか。

不動産屋さんから、私が残してったほうきとちりとりを捨てていいかと彼女が聞いてきたと電話があったので、「どうぞ捨ててください」と言ったのだけど、行ったら私が近所で適当に買ったチャイナカラーとまったく違う、シックなフレンチカラーのほうきとちりとりが、可愛らしく勝手口の隣にかけてあった。

Vは掃除機のデザインが、普通のよりおしゃれだった、ときづいた。デザインにこだわる方のようだ。

借りてくれる前にいろんなこまかい質問が来たのが、住むと言うことをたいせつにしてる人らしい印象だった。

その後もずっとそういうやりとりを家の前でして、質問やらなにやらいっぱいあって、つくづく、私と建築家のさらに同類な感じの女性だなあ、って、びっくりした。

本当に自分と似てる嗜好がある人のような気がする。

ワインをあげて、おさしみをいただいた。

不動産屋さんはなかなか借り手が決まらない時は、ちょっと不満そうに家の前の道路が雨になると滑りやすいとか、網戸の色が時代遅れだとか、言ってた。

でもこないだは、「わかる人には良さがわかるんですよ」だって。
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by nanaoyoshino | 2009-11-03 22:43 | hundreds of days off