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英語がブルースしてる

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(明日からオランダからベルギーあたりを自転車で、うろついてます。3月以内は更新しないかもしれません。4月からどうぞよろしくお願いします。)

ずっとイギリスにいると必然的にテレビを見る。イギリス人は日本人と同じくらい、テレビが好きだと思う。たぶん世界のほかのどの国よりも長いことテレビを見ると思う。私は日本でテレビをぜんぜん見ないので、テレビ番組のこまかな比較はできない。でもイギリスで放映される番組って、相当数アメリカや、オーストラリアのがあるのにきづく。同じ英語だから、日本で「海外ドラマ」って称して放映されてるのと比べると、国内か国外か区別があいまいに見られてるようにも思える。

そうは言っても、やっぱり英語の発音も微妙(場合によってはぜんぜん)に違い、雰囲気も違う。私は旅行程度でもアメリカやオーストラリアに行ったことがあるし、同じ言語で次から次へと放映されてるのを見ると、よけいにその国それぞれの違いがきわ立って見えたりもする。たとえばアメリカやオーストラリアのドラマって、実際の暮らしよりすこしランクが上の、「憧れのライフスタイル」みたいなのが描かれることも多い。イギリスの超長寿番組ドラマ「コーネーションストリート」「イーストエンダーズ」みたいなのの場合、これでもかというほど、お互いののしりあうようなシーンが出て、登場人物もあんまりお金持ちじゃなさそうな人や、深刻な悩みがある人ばっかり。憧れより、生活、現実、リアルそのもの。

アメリカのブルースシンガーのドキュメンタリーを見た。ブルースってものがそもそも、アメリカから生まれたものだろうけど、同じ英語を使ってても、このシンガーの英語はまさにアメリカだなあって感じた。英語がブルースしてるっていうか。よく知らないけれど、ブルースってたぶんアフリカから来た奴隷だった黒人のと白人の音楽が出会ったものじゃないかな。イギリスも植民地をたくさんもってたから、いろんなバックグラウンドを持った移民が日本と比較にならないほど多い。でも黒人奴隷の歴史がないイギリスでは、ありえない音楽。

でこのシンガーの話す英語の、投げやりな感じだけは、イギリスの労働者階級*のそれと、まあ共通点がある。でももっと悲哀があって、だけどそれをつつみこむような前向きな明るさがある。アフリカの黒人の友達の家族で思い出すような「つらいこともあるけど、人生そんなもんさ」っていう種類の、大人な明るさ。これって私がジャズに特異な要素として感じてた資質に近いかも。同じ英語の国だけど、アメリカとイギリスはやっぱり、歴史から来る国民性というか、そこからくる気配のようなものが、決定的に違う、と番組を見てて思った。

*階級差は、イギリスであると一般に信じられている。それは話すの英語のアクセントでわかるといっていいほど、中上流階級とアクセントが違う。アクセントは教育から来る違いだと思う。
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by nanaoyoshino | 2009-03-21 09:07 | hundreds of days off

イギリスの社会福祉の印象

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「老化するということは外への関心を失うこと」とどっかで読んだ。Vのお父さんはこの1年くらいで急速に外への関心を失ってった。去年までは訪ねるたび、近くの小道を杖をついて、ゆっくりいっしょに散歩した。今では車に乗ってお姉さんの家に行くのさえ「遠すぎる。行かない」と言う。

Vのお父さんは昔は母親のかわりに家族を率い、仕事で部下を率い、家でも強い厳しい父親だったって聞く。「病気をしたことない人間を友人に持つな」って、これもどっかで読んだことがあるけど、彼はきっとそういうタイプの人だったんじゃないかな。リーダーシップをとるタイプで、自信満々な。

努力すれば誰だって何でも可能、って信じるのは子供っぽく感じる。試練があってこそみんなが強くなる、努力することが平等だって単純に信じるのも。社会に歓迎される、積極的な人生を生きるのが合わない誰か、Vのお父さんのように、あるときから何かの理由でそれがしにくくなってくることだって、あるんじゃないかな。

今日バスの中で会ったVの幼馴染(小さな村みたいなとこなので、この人とけっこう偶然よく会う)はぐでんぐでんに酔っ払って、はたから見たらおかしな人のように見えた。でも人懐こくて話好きでいつも明るく幸せそうに見える。

すごく頭の切れる人だったのに世の中の成功とかには一度も興味を持たなかったらしい。問題のあった家族の面倒を見て、自分はかなり最近まで定職を持たなかったらしい。彼は家族が亡くなった数年前から、やっと勤めを始めたらしい。でもそれまでは、十何年か、そうとう長いこと失業手当を受けてたと聞いた。

イギリスは、高齢化社会に日本よりだいぶ前になった。そのせいか、行政のしくみがととのってて、家でのケアにいろんな選択肢もある。イギリス国内でも批判の声はあれこれ聞くし問題も多いのだろうけど、私から見るとイギリスはいろんな人のいろんな生き方が認められる、寛容な社会のように見える。
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by nanaoyoshino | 2009-03-21 08:03 | hundreds of days off

めったにない大騒動

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去年まで私はVのお父さんを「世界で一番幸せな、90歳の老人」と呼んでた。当時、彼は自分のことは何でもできた。2人の娘が近くに住んでて、自分の家ではもうないのに実家をリフォームして住みやすくした。2人とも家族があるけど、しょっちゅうお父さんを自分の家に呼んだり、レストランや旅行に連れ出した。彼はいつでも家族の中心だった。

今では、いろんな病気の痛みに薬が効かなり、足がますます不自由になった。彼は、どんな外出も拒むようになった。とうとう、欠かしたことがなかった毎日曜日、隣にある教会のミサにも行かなくなってしまった。

向かいの店にパンを買いにいくのはもちろん、一杯の水を汲むのもVを大声で呼んでやってもらう。Vがいないあいだはもちろんお姉さんが毎日のようにやってきて世話をする。1日中居間のソファからほとんど動かない。以前はよいっぱりだったのに9時ころにはベッドにいくようになって眠るでもなく横たわる。

昨日、行政の人がヘルパー派遣するかどうか、調査に来たので家族全員がそろった。家族はお父さんが日常のことを一切をしなくなったので、ヘルパーを期待してた。ところが彼はひとつひとつ質問されるうち、「できない」と認めることができにくくなってきた。結局「ヘルパーなんていらない」と主張し始める。

お姉さんやVが「じゃあ私たち毎日、なにもかもやってきてあげてるのは何のためだったんだろう」と、静かに繰り返しても「俺は全部、自分でできる!」と大声で怒鳴り始め、大騒ぎになった。しかたなく行政の担当の人は帰ってしまい、お姉さんたちも怒って帰ってしまった。

私とVは後で上のお姉さんの家を訪ねた。いつも明るく世話好きな彼女が「ほんと、今日はキレたわ!」とかあいかわらず憤ってた。「私だって人間よ。ゆっくり休みたいわ」とか言って、だんなさんに「あまりそのことばかり思い出さないほうがいいよ」とたしなめられるほどだった。
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by nanaoyoshino | 2009-03-20 10:57 | hundreds of days off

居間に一人でいると

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こうして会社を辞めてVの家の帰省すれば、もう休暇気分じゃない。休暇は期間が限定されているから休暇なのだ。

英語がそれほどの苦労なく通じたり、この国で会う相手のことをもっと知るようになると、この国(イギリス)に対する神秘性が失せていく。休暇気分でもなく、美しく見えていた風景が、たんなる現実に変わりもする。ものごとはたいてい理想どおりにいかないし。

Vの実家の居間に一人でいると、自分はここでいったい何やってるんだろうって思う。自分の生まれ育った国からしたら地球の裏側の、片田舎の小さな家で、英語しかしゃべらない、顔立ちが自分とぜんぜん違う人たちの生まれ育った家で。

でもどんなときもたとえ英語でしか考えない、顔立ちも文化社会歴史の背景が違う人であっても、心が通じ合えるのが奇跡のように思えもする。あたりまえのことのように、お互いに思いやり暮らしてる家族のまぎれもない暖かさにやっぱりうたれる。

Vの家族とも、初めて会って以来10年以上たった。ようやく少しずつ、相手の反応を心配したり、うわべをつくろうより、本音で話せるようにやっとなってきた。
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by nanaoyoshino | 2009-03-18 11:08 | hundreds of days off

イギリスの元炭鉱の町の、ありふれた日々。

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前回の記事からお察しのように、今イギリスにおります。Vのお父さんが日に日に歳をとってきて、動くのもままならない。ふだんは、車で20分くらいのところに住むVのお姉さん夫婦が1週間に3回ほど来て面倒を見てる。

Vは今春休み期間で、ほとんど家にいてお父さんの毎日のことを手伝ってる。お風呂で体を流してあげたり、食事を作ったり、買い物に行ったり。

まるでそんなとくべつじゃないようにでも暖かく自然にお父さんを介護してるVを見てると、誇りに思う。

Vのお父さんは、1、2年前までは自信家で、何でも自分の思うままにしたがる人だった。たしか6人兄弟の長男で、貧乏な苦しい時代に生まれたと聞いた。父親は探鉱関連の労働者で、ほとんど休まず働き通しだったらしい。母親も病気がちか何かで、長男だった彼は下の弟達の面倒を見ていた、じっしつ母親がわりだったと、別の親戚から聞いたことがある。

そんなVのお父さんにとって、今のようにみんなにあれこれしてもらわないと何もできない状況はせつないはず。去年ぐらいまでは、それでもイギリス的なセンスオブユーモアたっぷりに冗談を言って、私たちを笑わせたものだった。最近は笑顔を見せることも少なくなった。

今回も来る前に電話すると、「元気ですか」という普通のあいさつにさえ、「痛くて痛くて!元気なことなんかもうないだろうね」という突き放した答えがかえってきた。だから会う前は心配してた。自暴自棄になってるんじゃ、って。でも会ったら沈みがちではあっても以前よりは怒鳴ったりもせず、おとなしくVに介護してもらってる。

Vはふだんからよく文句や暗いことを言うけど、私にじゃなく、自分への怒りを自分にぶつけてる感じ。Vのお父さんにしてもVにしても彼のお姉さんにしても、他人を本気で恨むようなことをいっさい言わない。何か運命に文句を言わず、従ってるような感じは、聞けば聞くほど苦労の連続だった、イギリスの労働者の歴史からきてるのかなあ。
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by nanaoyoshino | 2009-03-17 04:22 | hundreds of days off

オランダのこと

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オランダに住んでたとき、洪水に会った犬養道子は、もう一歩のところで溺死していた事件を書いてた。(*1)オランダというとまず、海抜が低い国というか、この水とたたかうイメージを思い出す。

今回vの帰省ついでに、アフリカの友人に会いに、接続のいいオランダ航空で来ることにした。でもアフリカの友人とはついにコンタクトがとれず、結局かわりにオランダに1週間ほど滞在することになりそう。

たまたまオランダ航空機内で「真珠の耳飾の少女」というフェルメールの絵を題材にした映画を見た。フェルメールはオランダ人。スカーレット・ヨハンソンっていうアメリカの女優がそのオランダ人の少女を演じてたけど、フェルメールの絵の、やわらかなまなざしの17世紀の少女そのものだった。

顔立ちっていうより、たたずまいというか、ひっそりと無表情なようでいて、恥じらいだとか誇りだとかとまどいのような微妙な感情をたたえたような表情がとくに。

舞台となったデルフトって町はフェルメールが住んでた場所らしい。その後思い出してネットで検索したら、昔見て、疫病に侵される街の雰囲気に圧倒された映画「吸血鬼ノスフェラト」のロケ地もここだったらしい。

オランダと言ったら、イギリスで住んでた家をシェアしてた学生のひとりwがオランダ人だった。(*2)

ほかの同居人のイギリス人はクールなふうで、あんまり話しかけてきたりはしなかった中、私がはじめてこの家に来たときから、ピエロみたいにふざけまわって質問なのかちゃかしてるのか、やたらとまわりをうろついてた。英語の間違いをおもしろそうに指摘されたりとか、日本人の几帳面さを皮肉られたりしても、たぶん無視されるよりよかった。


wはほとんどイギリスで教育を受けたとかで、もうまったく英語はイギリス人と区別がつかなく(外見もだけど)オランダ人と聞いてびっくりしたくらい。裕福な家庭の子っぽい、人を見下す感じようなもあった。イギリス人の友達とばっかりつるんで遊び暮らしてるふうに見えた。

イギリスの大学生(院生でなく)ってとくに勉強熱心と思わない。留学生は言葉のハンディもあって格別一生懸命勉強してた気がするけど、wが勉強してるの見たことない。私が会ったイギリスの大学生は勉強よりも、はじめて親元を離れて暮らす子が多いからか、シェアハウスの自分の部屋での男女交際に熱心だった。

それも、ロマンチックというのとはほど遠い、知り合うイコールすぐ寝る、というふうな関係。もちろんお互いそうなので同居人にも隠さない。(かならずしも全員がそうではない)

wにもあるときやっと、彼女ができた。かわいらしいイギリス人の女の子だった。Wと彼女が居間のソファに並んで座ってるようすをよく見かけた。まるで子供が母親に甘えるように、いとおしそうに彼女のひざを枕にゆったりくつろいでた。

もしかして長いこと親と離れて異郷で暮らすwも、ほんとはとてもさみしかったのかもしれない。

*1犬養道子「ヨーロッパの心」岩波新書
*2ヨーロッパでは日本で言う「シェアハウス」のような家やアパートが、学生の下宿として一般的。
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by nanaoyoshino | 2009-03-15 20:09 | hundreds of days off

イギリスと日本では「スローライフ」の意味が違う?

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前回クウネルっていう雑誌と、昔カルト的人気を誇った「オリーブ」にはあんまし共通点感じない、って書いたけどやっぱりあるかもしれない。

どっちも写真の色のトーンがややセピアっぽい。クウネルのほうがコントラストが強めなではあるけど。それにあんまり生活感もないし、時間がゆっくり経ってるような世界だ。考えてみたらオリーブだって、ミーハーな印象はあまりなかったかな。だって「今これがはやってます」っていう話題はやや控えめな掲載だったような。あまりじっくり読んだ号は多くないけど、クウネルは質素なイギリスの雰囲気。オリーブは大人キュートなフランスっぽいイメージで記憶してる。

クウネルって名前は、当然「食う寝る」に掛けてるのだと思う。で、このタイトルってなんか日本的。だって、いつか別の機会にも書いたけど、食べることはイギリスでは少し恥ずかしいという伝統がある。寝ることだっておんなじようにイギリスではちょっと恥ずかしい。

Vが眠いことをいつも「tired(疲れた)」って表現するもんだから、「なんでsleepy(眠い)って単語があるのにそう言わないの」ってうんと前に聞いてみた。疲れるのも恥ずかしいんだろうけど、寝るよりは恥ずかしくないことだから「疲れた」って言うの、って聞いたら「そうかもしれない」だって。「食う寝る」はたんなる怠惰ってこと?

Vは日本で働きはじめた頃、日本の学生に趣味を聞くと、半分くらいの人が「寝ること」と答えるのでエラクびっくりしてたのとかさなる。すみませんいきなり固い書籍に話がとぶけど、第二次世界大戦中に文化人類学者だったルース・ベネディクトが『菊と刀』を書いた。これは日本人とアメリカ人を比較してる本。(これ読んだ時、知らなかった自分自身を言い当てられてるみたいで、ショックだった)この本で確か、ルースは、日本人が本能的な活動に対して、英語圏よりずっとオープンでリラックスした態度でいる、って指摘してる。

そのちょっと恥ずかしい「食う寝る」を堂々とタイトルにしてる雑誌だけど、おそらく、テンポが速くってはやりものもどんどん変わって忙しい、日本の社会にたいしての(アグレッシブではない)ゆるやかなアンチテーゼとして雑誌が創刊されたのだろうと推測。

だから、ヨーロッパ(長時間労働しない文化)でありイギリス的に(質実剛健な、浪費しない文化)見えるのかも。

イギリス人に「困ったことに、(この前書きが日本人でないことを表してる)俺は働きすぎなんだ、だから夜遅く電話してね」って言われたことがある、「じゃあ平日何時に電話したら家にいるの」と聞いたら7時には家に戻ってるって。確かに、Vの家族が7時に帰宅したら、遅くてびっくりしたかもしれない!
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by nanaoyoshino | 2009-03-09 03:03 | hundreds of days off

プリズム状のイギリスの光

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クウネルっていう雑誌知ってますか?以前仕事で必要があり初めて読んだ。それまでは書店で一瞬手にとっても読んだことはなかった。なんか地味っていうくらいの印象。

でも読んだらおもしろかった。何がって、読むトコが多くってその内容が。そういや「婦人公論」も不倫とかジメジメしてる感じでヤだなあ、って表紙見ただけだったけど、きっかけがあって読んでみたら、おもしろかった。とりあえずそれまで雑誌って週刊誌以外はビジュアルしか見てなかった。ちなみに今日、本屋で音楽雑誌を立ち読みしたけど音楽雑誌も読むトコが多かったな。

昔Oliveっていう少女向けファッション雑誌があって、私の年代前後くらいの女性のあいだではいまだに伝説的に語られてるほどカリスマチックな人気がある雑誌だった。クウネルってオリーブとおんなじ出版社で、雑誌のスタッフには、オリーブを編集してたの人もいるらしい。あんまし共通点感じないけど。

で、とにかく仕事で読み始めたクウネルで「イギリスの庭」っていう特集があった。ちょうど「イギリスの庭とごはん」という記事をブログで書こうとしてたので家に持って帰って読んだ。(今もほんとはその記事書こうとしてクウネルのことを思い出したのですが)

全然ミーハーじゃない感じ。雑誌=ミーハーっていう印象を持ってたのでびっくり。ミーハーっていうのは新しい話題、ホットな情報っていうのが前提で、でも「イギリスの庭」はべつに10年前の記事でも10年後の記事でもいいような内容。詩的で重厚めな文章でした。

写真はめちゃくちゃレベル高い。前回の記事でイギリスの光について書きましたが、このクウネルの「イギリスの庭」の写真は、イギリス独特の光をちゃんと表現してた。日本のパキッと晴れた日の光みたいじゃない、雲や雨を透過して屈折するプリズム状の光や、ゆっくりした感じの光、くすんだ色がそこにあった。
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by nanaoyoshino | 2009-03-06 23:44 | hundreds of days off

あっちにもこっちにも虹が

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君がPC使ってるとき、「BBCスポーツのサッカーサイト見てくれる?」って、もう言えないよ。 “I can’t tell you to check the score at the BBC sport site when you are using the computer.”
なんで? ”Why?”
だって今では僕たちそれぞれ、PCあるじゃない。 ”Because we have got a computer each!
あそうか、なんだ嬉しくないの。  “Oh yes, are you not happy then?”
今忙しいのーって、君はよく言ってたね。でもBBCスポーツいっしょに見るの好きだったんだ。 ”You used to say ‘I’m busy!’ But I liked looking at the BBC sport site together.

○.・.。.・・・‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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普段着の英語


今Vが先に里帰りしてて、イギリスと日本でほぼ毎日会話する。Vは実家でお父さんと2人でいる。


Vの家の窓辺のソファにVのお父さんはいつも座ってテレビを見てる。きっと今この時間も、そうしてるに違いない。1日中テレビを見てよく飽きないと思うけど、大きな窓からしょっちゅう外も見てる。冬や春先だと窓の外は雨や雪景色が多い。

イギリスの天気は不機嫌でコケティッシュ女の子みたいに予測不能で、ときたまその輝きに惑わされ翻弄される。どんよりとつめたい日が多いけど1日に何回かシャワーとも言われる雨がさっと降る。と思うと雲が嘘のように去っていってぬれた地面が陽ざしの照り返しで銀色にまぶしく輝く。遠くを見るとあっちにもこっちにも虹が出てる。で15分くらいでまたどんよりの雲が戻ってきて頭上にのしかかる。

だからイギリスの天気予報は、1日の天気が、雲の上に太陽はなくても太陽で輝いていることを示す黄色い3本の線、雲の下は雨を示す黒い3本の線、というふうに、曇りと雨と晴れすべてが(andで)ひとつになったアイコンで表されることが多い。1日の天気が、日本の天気予報みたいに、曇りか雨か晴れ(orで)、表されることはほとんどない。

ここ数年来、部屋の隅にパソコンが置かれたけど、お父さんが見てることはめったにない。Vか私がいるときはいつもどっちかがパソコンの前にいる。Vは1日に何度も飲む紅茶を隣の台所で入れてくれてることも多い。

外では、1日のうちに嵐のような雨や、きらめく太陽やらが、かわるがわる現れる。でも太陽が雲・雨・雪などにに乱反射しあいまに輝く「きつねの嫁入り」的な天気のために、部屋の中にまわり込む光はたいてい、あいまいでやさしい。

夜になると、5人くらい座れるソファのスペースに、Vのお父さんが定席に、私とVがいるときは好きなとこに座る。いっしょにTVを見たり、年老いたお父さんの昔の話や、私とVの未来の話をする。
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by nanaoyoshino | 2009-03-03 01:03 | SimpleLife/普段着の英語

社会貢献っぽいこと

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以前、「ところで何度か送別会をしてもらってるうちに「社会貢献のため」って言うことにだんだん、ぞっとしてきた。だってもし他人がこういうこと言ってたら、なんかうさんくさい、って感じるし」って書いた。

でも雑誌やブログでボランティアやってる人の体験談読んでみたら、別にうさんくさいとは感じなかったけど、(自分がその世界知ってることもあるかもしれないが)半分以上はつまらない!知らない人から見て、あまり魅力的だとは思えない。

なぜかなあ?もっとおもしろおかしくできないのか?

またはそんな仰々しくなく、とくべつなことじゃなく、ふつうっぽい感じでさ。
そんななかでこれはい~な、と思った文章を抜粋。(意外にも雑誌じゃなく、飲食店においてあったパンフ。プロのエディターやライターが編集したものではなく、施設の職員さんの原稿?)

パオにメンバーの中には、自分の症状は安定しているけれども、家族の誰かを介護している立場の人もいます。また慢性的な苦しい症状を抱えながらやっと通っている人もいます。また、これまでいろいろ頑張ってきた結果、今は休むのが「仕事」という人もいます。そんな人たちが、診察室でも話さないようなことを、真剣に日々パオで語り合っているのは、ある意味、「究極の自己表現」だと思うのです。
(パオは、精神科に通院している人のための共同作業所*1 )



「うさんくさい」って私が言うニュアンスとしては、いい子ぶった、予定調和(どっかで聞いたことのくり返し、期待されているとおりのこと)フォーニー(phony)。Phony って、言ってるだけで中身がない、日本語だと「吹く」ってニュアンスか。*2


この施設職員の人の文章は、予定調和にも phony にも、いい子ぶっにも聞こえない。障害者が、世話されてる側でもあり世話する側でもあることにきづかされるし、ここでは「仕事が休むことでもある」って言ってる。一般のイメージでは障害者=世話される側だし、仕事すること休むことは正反対だし、作業所というと障害者の訓練所くらいなイメージしかないのに、それが「真剣」や「究極」と表現されてる。

なのになぜか説得力もある。

「慈善」「社会貢献」がうさんくさく見えるのは日本の「慈善」が、たぶん欧米のチャリティーと違う歴史的背景を持ってて、欧米の文脈でのチャリティーをイメージしようとすると、すとんと心に落ちないことも関係あるのではないかな?

Vなんかともよくそういう話するけど、キリスト教って、完全に人間がほかの動物や植物上位にある、っていう世界観。だからもともと植物も人間も魂があって共存するみたいなのは、エコって言う表現とむすびついて日本人の心にすとんと落ちるんじゃないか?

自分が何か行動するのと、それを表現することは、違う。「社会貢献」と書いた瞬間から、表現することのむずかしさについて考えるようになった。


*1かてかてvol2 「しごと」ってなんだろう 宮地節子 
NPO法人八王子ワークセンターかてかて事業部

*2 「アメリカン・ビューティー」って映画見た人いますか?ブロンドのモデル志望のバカで尻軽そうな女の子が、容姿にコンプレックスのある友人の母のことを「phony」って言い放つシーンで、その母は一生懸命良い母親らしく、娘の生活を応援してるって見える。そんなこというこのブロンド尻軽娘のほうが表面的にうさんくさく見えるんだ。でも映画では最後にいっしゅの反転がおこり、「あれ、この娘の言うほうが本当だったんじゃ?」って思えるシーンがある。何が表面的で何が本質なのかを知るのって、実はむずかしい。
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by nanaoyoshino | 2009-03-02 01:45 | hundreds of days off