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頑張ることと、女であること <2>

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私には「女の人」としてこうなりたいという理想がある。ときどき忘れるけど(!)いつも理想を追いかけていたい。あくまでも女として生きて死にたい。自分で選んだ性じゃないとしても。


私にとって「女の人」とは、ひとつには、自分を受け入れること。女に生まれたくて生まれてきたわけじゃないが(性転換という方法もあるけどそれは置いといて)、女として生まれたことをひとまず受け入れるしかないのだ。

まず自分のカラダを受け入れること。ココロとなるとむつかしくって、よくわかんないけど。少なくとも自分はかなりの程度普通の女性っぽいココロの動きを持ってると思う。(あまり追求しないでください。フクザツなので)

たとえば、みなさん意外と言われるかもしれないが、すこし残念だけど私はだからぜいたくなモノを身につけ、男に頼りきったお気楽な女がいい。ホントはそうじゃなくってもそういうフリは少なくともしていたい。そんな女だって、男の人には見られたい!

ばかな女。きれいな女。素直な女。かわいい女。女ってわかんねえ。そう言われたい。

逆に「わかりきった女」「ブスな女」「インテリな女」「貫禄がある女」なんて言われたくない。

とにかく典型的=ティピカル=typicalな女だから、女として生きざるをいないという一種のあきらめ。それが1人で幸せになるんじゃなく「男にシアワセにしてもらう」の意味。

もちろん、本当に愚かできれいなだけの女でいたいと思ってるわけじゃない。どんなに現実的に悩み計算し熟考し、たとえ男性より頑張ってたりしても、ブスで年増で、ナゾなんてかけらもなくっても、ただ「愚かな女」として自分を定義したいという願望。それって、平たく言えば、たんに男好きなだけ?
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by nanaoyoshino | 2009-02-25 01:10 | hundreds of days off

頑張ることと、女であること

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毎月振り込まれるお金を、まるで空気か水のように思いがちなサラリーマン生活から、国家と個人とお金の関係を考える生活を選んだ(つもり)。

でもね、女の人がこんなことしてていいのかな。私の理想では女の人は男の人にシアワセにしてもらうのがいいと思ってるのに。

なんて言うとまるでアンチフェミニストみたいだけど。でもひとりでシアワセになれる女の人って少ない気がする。「おひとりさまの老後」って本がはやってる(た?)そうですね。まだ読んでないけど、読んでみたい!

もちろん女にだっていろんな女がいるわけで。1人で幸せになれる人もいるに違いない。上野千鶴子さんみたいに?だとすると人に頼る必要がなくって、それってすばらしい。ホント女にもいろいろいると思うので「そんな女いるわけない」なんてゼッタイ決め付けない。もし身近にそんな女性がいたら、男の代わりに愛したくなるかもしれない、なんてね。

じゃ、私は1人で、お金のこととか、取り仕切っちゃダメなんじゃないかな?だとすればどうすればいいんだろう?でも自立もしていたいし。

そういうたいへんなコトを見せない「フリ」の人がいい。悩みがないみたいな女の人がいい。ぜいたくで、あっけらかんとして、なぜだかよくわからない(なぞがある)けど自立してて、素直に自分を見せることができて(男の人にも女の人にも)、へこんだときにはあんまり意地はったりもしないで「しょぼんとした」とか、平気で言える女の人。
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by nanaoyoshino | 2009-02-23 21:31 | hundreds of days off

過去を振り返ること

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サラリーってつまり月給。月給もらって大体おんなじ人たちに囲まれて安定した日がなつかしい。それを拒否した時から、振り返ることはできない。いや過去を振り返ることはどんな時でも一瞬しかしたくない。それ以上振り返ることは哀しいから。たとえば以前の私の上司であった人、私がいた会社の創業者は、商売、ビジネスの秘訣とは顧客を感動させること(今ふうに言うと「サプライズ」)と教えてくれた。その人が知らないうちに亡くなってたことは悔しくても、後悔してもしょうがない。もちろん早く亡くなった人は、残った人によって、長く生きた人以上にたびたび思い返されるのは道理ではある。

毎日いろんな人に会う。会社でしか会わなかった人と、会社の外で会う。会社で会っても私語を話したことがない会社外の人にご挨拶に行って、意外な表情を発見する。会社をやめなかったら会わなかったいろんな人と、毎日のように会う。

これまでは通勤定期の圏内中心の行動範囲だったけど、自転車にひさびさに乗る。初めて買った6段ギアの自転車、とてもステキ!かなりの坂でもスイスイ。ふとももはちょっと痛いけど。

お金じゃなく時間を選択したんだと思う。自分がしたことの意味を色んな言葉に置き換えてみる。すこしずつ理解して慣れていく。
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by nanaoyoshino | 2009-02-20 00:14 | hundreds of days off

初めてのこと

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このリンゴおいしいね。そういえば、私が最初に覚えた英語の文は
「これはリンゴです。あれはみかんです」だった。あなたが最初に覚えた日本語は?
“This apple is delicious! You know the first phrase I remember was
‘This is an apple. That is an orange.’ What was the first Japanese phrase you remembered?”
「覚えてないな、たぶん、カラオケだな、イギリスでだけど」
“I don’t remember. Probably ‘Karaoke’ but that was in England.”
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普段着の英語

新しいタイプの広告を作ると、いつもたくさんのハードルを越えなくちゃならないはめになった。コピーの帰着、撮影方法、関係者との調整。でも私が経験したなかでは、新しい要素のない広告は成功しない。

1.メッセージの伝え方に新しさがある(メッセージそのものが新しいことは少ない。ぜったいないわけじゃないが。でも伝え方が創造的で、過去の伝え方の凡庸さを否定したりリスクを冒す勇気があり、かつそれがたくみに行われていること)

2.コミュニケーションする相手(顧客)を知る

広告を作るポイントは、これに尽きると言ってもいいくらい。

今の自分がやってることは毎日毎日新しい。うんざりするほど、怖ろしいほどに。

でもイギリスに留学した時だって、毎日新しく毎日が苦痛だった。

日本を出発する時はわくわくして、興奮して忙しすぎて不安を感じる暇もなかったけど、イギリスについてみたら、奇妙に傲慢か、勉強する意欲がイマイチな日本人給付留学生、逆に気張って頑張りすぎて「私が、私が、」の日本人自費留学生に驚き、ほかの国の留学生やイギリス人のしぐさや笑顔、無表情、あいづち、漏らすフレーズには、それがしたしみのメッセージなのか、拒絶のメッセージなのか、誘惑のメッセージなのか、なんにも意味はないのか、いつもハッキリわからなかった。

人気者になったかと思えば1人ほっぽり出されたり。

でも上京した時も留学の時もアタマから拒絶し否定した親が、(たぶんそういう選択の件について)一回だけこういったことがある。
「なんだかんだ言っても、おまえのやってきたことは間違ってなかったな!」

そういうわりに、私のすることに必ず大反対する父。
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by nanaoyoshino | 2009-02-17 23:45 | SimpleLife/普段着の英語

思わずハグ!

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さあ僕のパソコンひらこっと。“I’ll look at my computer now.”
あなたのマックのほうがずっとカッコイイよねえ。“Your Mac computer looks much cooler than mine.”
そーかな?ハハハ! ”Really? Ha ha ha!”
私のパソコンはとっても日本人的かも。実直で、地味だね。 “My computer may be very Japanese. It’s solid and modest.
長年よく働いてくれてるよ。“It’s been hard working for a long time.”
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普段着の英語

会社やめてからは最近自然と、家にいることが多いワケで。Vとしょっちゅうカオつきあわせてる。最初の数日間は正直、ちょっと飽きた。ささいなことでもイラっとした。

ある日Vが、とニコニコしながら真っ正面でこう言った。
「最近僕たちいつもいっしょにいられるようになってよかったね!」

私は最近「飽きたナー」って思う毎日だったのでココロの中では「エッー!!!???」って思った。だけど、顔ではいちおう笑って、「そうだねー」って言った。そしたら言った途端そんなふうにも思えてきて、思わずひっしとハグ!

そういうことって意外とあるよね。Vだって、普段はかなりネガティブでムンクの「叫び」みたいな表情してたりする。で私が「でもさ、考えようによっては・・・」ってよいほうの解釈に彼の話を振ると、急に「それもそうかもね!ハッハッハー」って、笑い出すことすらあるもん。
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by nanaoyoshino | 2009-02-16 22:17 | SimpleLife/普段着の英語

モノクロ写真

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見て、すごく印象的な花!こういう種類の花ってイギリスにもあるの?
“Look! There are very impressive flowers! Is there the same kind of flowers in the UK?”
(すこしむっとして He looks a little crossed.)
見たことはないけど、あるに決まってるさ。
“I have never seen them in the UK but I think there must be the same kind of the flowers.”
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普段着の英語

Vがちょっとふるさとみたいに思ってる木がある公園に行った。2月だってのに春みたいにあったかだったな。前にも書いたけど(「10 木」参照)、木は樫の木じゃないかってVは思ってるわけ。で樫の木はイギリスを象徴するらしくって、だからふるさとみたいに思ってる。実際とてもバランスのとれた、大きな、きれいな木だ。

木は大きな広場のまんなかにある。その広さがいいな。広いっていい。ココロまで広くなりそう。

広場でサッカー大会があって、小学低学年くらいの男の子たちがカラフルなユニフォームで走りまわって、お母さんたち、木のまわりに群れておしゃべりしてる。たくさんのサッカーボールが木の下のあっちこっちに転がってる。

以前お世話になった広告代理店の方が、最近サイクリングしてるらしい。一時ひどく具合が悪かったのが、ある日見違えるごとくに元気になられてビックリした。メールで送ってくれたサイクリングの写真は千葉の海沿いで、平らな海岸道路。で、それ以来私もサイクリングしたくなったので、その公園でVと自転車借りた。なんだか妙に広い公園でひとつの場所からほかの場所へ歩くとくたくたになるから、サイクリングにぴったりの広さ。

自転車に「スピード出しすぎ注意」ってステッカーが貼ってある。でも行きは少し上り坂、帰りは下り。レンタルサイクル場が閉まるのが4時ちょっとすぎと早い。だから帰りは自然に急いでスピード出しがち。

自転車でスピード出すのって気持ちいい!とくにこんな天気がよくってぽかぽかして、華やかなお菓子みたいに梅の花が木にいっぱい咲いてて、なのに案外混んでないサイクリングロードでは!

その後公園のそばのカフェでお茶したらVが棚に飾ってあるものに興味を持って、あれこれ手にとって眺めてみた。手に乗るほど小さなプラスチックのカレンダーは、小さいボタンを押すと1センチくらいの日めくりが1日ずつめくれる。それから古いLP。Vが知ってるイギリスやアメリカのロック。

小さなモノクロの写真集ふたりでイタリアとフランスの色っぽい女性の写真を見てた。ふっと、Vはこの人たちと同じ系統の人種だから、子供の頃からこういう女性たちの間で育ってきたんだって思ったらすこし不思議な感じがした。
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by nanaoyoshino | 2009-02-15 21:41 | SimpleLife/普段着の英語

重さと軽さ

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こないだ、「ある本を読んだら『がんばってます!』ていう感じが漂って、今ふうに言うとなんだか『痛い』感じ」がしたって書いた。(「働くことの夢と現実」参照)でも自分で書いてても頑張ってるってそんなネガティブなことかなって、疑問に思った。ネガティブなことじゃない。でもなんで痛い感じがしたんだろって。

うーんたとえば、私は会社辞めてから結構頑張ってる。

いや辞める前から会社というより、生活全般であれもこれもと忙しくしてた。でもトナリのVはいっつもリラックスしてる。で、あんまりリラックスしてるからこっちがいらっとすることもある。たとえば、この頃、私がバタバタ在宅の仕事モードで電話やメールしてるときに、ずーっとン時間も、ぼーっとただ紅茶飲んでたりとか!なんかもう少し、ありあまってるように見える時間を有効に使ったらどーよ!みたいにしばらくの間いらいらした。でも考えてみたらそんなの余計なお世話なワケで。

そういう私みたいにあれもやらなくっちゃこれもやらなくっちゃってジタバタしてる人がまわりにいると、ときどき正直疲れませんか?

だから、何が言いたいのか、っていうと、そんなことブログに書いてて何を隠そう頑張ってる張本人が自分だったワケ。

もすこし頑張る「重さ」と頑張らないと「軽さ」の関係、考えたいな。仲間と毎月やってる読書会の次のテーマ本は「存在の耐えられない軽さ」でもあることだし。2回め読んだらこの本はもっとおもしろい、女と男の基本的な感性の違い、カラダとココロの関係。軽い関係、重い関係、人生の一回性という軽さ。死の重さ。

「存在の耐えられない軽さ」 ミラン・クンデラ 集英社文庫
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by nanaoyoshino | 2009-02-14 21:49 | hundreds of days off

新しい風景

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会社を辞めて以来、あたりまえだけど毎日がこれまでとは違う。たとえば以前使ってた交通機関を使わなくなった。今まで電車だったところを歩いたり、多少不便でも安い私鉄を使う。そうすると、今まで歩いたことのない道、乗ったことのない急行電車、通ったことのない駅、と同じところに住んでるのに、別の土地に引っ越したみたい。

今日昼は横浜で、買った家のリノベーション担当の人と家を見たあとうちあわせした。1時間くらいのつもりが4時間にも夕方になって、その後お役所に行って確認しようと思ったことは確認できなかった。

リノベーション担当の人は二人とも「まるで地元の名士」で書いた投資クラブの主催者のチームの人。今日も、やっぱりこのチームには哲学があるなあ、って感心した。顧客をたいせつにし、長期的視野を持って、エッセンスとしてビジネスに画一的でない新しさ、独自性を持つこと。すべて一般の投資家が軽視しがちで、でも自分がこれまでの仕事でたいせつだと学んだ要素。

夜はNGOの会議に出た。その後NGOの別のチームの人と飲みに行った。今までは仕事で大半の時間を使い、NGOの会議に出ることに罪悪感があったので、「さよなら」と言い合う時間も惜しんでさっさと家に帰った。でも今は家族と過ごす十分な時間がとれるので、遠慮なく会議には最後までい、その後の飲み会にまで出席した。これまで疑問に思ってたことを、NGOの日本支部創業時から関わってる人にいろいろ聞くことができた。帰りは午前1時になったけど。

いろいろ話して会社で学んだことでNGOで生かせそうなことがいっぱい!あることがわかった。それから、会社からすっかり消耗し、そのことのに腹をたてながら午前1時に帰ったときとまるっきり違うのは、本当にやりたいことをやって遅くなった、という充実感だった。
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by nanaoyoshino | 2009-02-06 02:56 | hundreds of days off

シンプルな慈善活動

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「マザー・テレサ」という映画をレンタルビデオで借りて見た。この女性については、インドでの慈善活動でノーベル賞をとったこと、何年か前亡くなったこと以外、何も知らなかったけど、偶然このタイトルが目に入った。子供の頃見て大好きだった映画「ロミオとジュリエット」のオリビア・ハッセーがマザー・テレサを演じてることがカバーに目だって書かれてた。あの映画以来この女優の作品にほとんどお目にかかってないけど、情熱的な恋に身を焦がすあのジュリエット役の女優がマザーテレサ?っていうのもなんだか不思議で。

映画を見てからネットでウィキピディアとか、少し調べてみたら、マザー・テレサに関する有名なエピソードや彼女が言ったことが、映画のあちこちにちりばめられてたことがわかった。そのわりに映画として普通に楽しめて、彼女の慈善活動にささげた半生をコンパクトにまとめた伝記映画、という印象。すばらしく芸術性の高い映画、というよりは、エンターテイメントとしても成り立つように、わかりやすく作られてる。マザー・テレサはもちろん肯定的に描かれてはいたけれど、だからといってべつに極端に聖人化もされてなく、リアルな人物として描かれてる。正直この手の、実在人物の伝記映画って図式的とかお説教くさいとかいう印象であんまり期待してなかったので、思ったよりずっとよかった。

びっくりしたんだけど、マザー・テレサの作った「神の愛の宣教者会」という会は世界100箇所以上で活動してるという。この人の生前の一日のスケジュールといのもどっかのサイトに載ってたけれど、ワーカホリックなみの忙しさ。それだけのことをするには仕方なかったんだろうな。前回書いた「マイクロソフトで出会えなかった天職」のジョン・ウッドも自称ワーカホリックで、数年間で確か100箇所以上の自分の慈善活動の拠点(図書館)を作った。信念によって人を動かした、っていう点も共通点か。

でもジョン・ウッドの場合、マイクロソフトで経験したことを生かして、すごく戦略的に活動を組織化していったように思える。私も前回、自分が少し関わってるNGOは組織がもっと強くなればいいと思ってる、といようなことを書いた。でもマザー・テレサは、映画を見る限り組織の戦略、というようなものをあまり好まなかった。もっとシンプルに「もっとも貧しい人々のために働くこと」をモットーに、個人と個人のつながりを大切にした。

数回前の記事で、「地元の名士」みたいな、家をいくつか持ってる投資クラブの主催者のことを書いたけど、この人も慈善活動に関心を持って詳しくは知らないが活動していて、自分の持つ家をそういうことに役立てるプランも持ってる。またこの人も常に「税金をどれだけ節約するとどれだけ儲かる」ことを考える前に、「もっとシンプルに」、顧客が望むものを提供することが、強い不動産ビジネスに重要だと言ってた。私は自分が頭の回転が悪いから、正直このシンプルな慈善活動と大家さん業のほうが、自分に向いてると思う。でも、NGOの組織の悩みなんかは、ただ単純なだけでは解決できないのかも。
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by nanaoyoshino | 2009-02-01 22:29 | hundreds of days off