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アフリカの庭でごはん <2>

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アフリカでは空が時計代わり。明るくなると起き、日が完全に落ちれば寝る。昼間どんなに暑くても、夜は気温が下がる。日本の高原みたいに。だから小さな家の入り口あたりで焚いた火を暖房兼明かりにして食器を洗い、歯を磨き、寝た。窓がほとんどない家のドアの隙間から光が漏れてるのに気づくと朝だった。朝ごはんは友達のお母さんがとり分けてくれてた夕飯の残りを外のベンチに座って一緒に食べた。

アフリカの砂漠は動物がいるってずっと信じてた。人は野生動物と同じ砂漠や草原で、暮らしてるんだと。しばらくたってもどこにも動物を見かけないので「野生動物はどこ?」って友達の妹に聞くたび、妹は困った表情になった。家族や近所の人の誰もゾウやライオンを見たことがないそうだ。野生動物は国立公園にいると言う。入園料が高いから見たことがないらしい。富士サファリパークみたい、って思った。じゃああのテレビの報道とかは何だったのかと。

それで国立公園への行き方を妹に教わって一人で行くことにした。入園料は一番安いところで100ドルちょっと。(一万円)たぶんやや裕福な黒人の一か月分の月収がこんなもん。コレじゃ普通の人にいけるわけがない。ガイドブックの記述も信じられなかったが行ってわかった。実際入り口によっては200ドルもザラ。で、「国立公園」って呼ばれてても動物たちはもともといた広大なエリアにゆるやかな囲いをされ人間の居住区と分けられてるだけ。公園内はどこにこんなにいたの?というくらい、肌が白い西洋人ばかりだった。

どこでライオンを見たとか、あそこでワニを見たとか、興奮して自慢しあってるイギリス人の観光客に「黒人の土地なのに黒人は動物を見られないなんてヘンだね」と言うと、あまり考えたことがないのか怪訝な顔をされた。電車やバスでそうした旅行をしたのだけど、途中で乗り換えるとき、大きい町ではたいてい市場があって地べたに座った人がいろんな変わった食べ物を並べてた。買う単位もわからないし、売られてる食べ物がどんな動植物なのかどうやって食べるのか見当つかないものばかりなので、遠目に眺めることしかできなかった。

バスがバス停で止まると子供たちがフルーツを売りに来た。これは簡単に買えた。子供がカンカン照りの、怖くなるような太陽の下で窓越しに高々と腕を持ち上げてキウィやマンゴウをさしだし、コインの数を指で示す。パイナップルもだけど、熱帯の植物は、みかけは醜くても中身は森の宝石のようにきれい。味は太陽みたいに鮮やか。<つづく>
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by nanaoyoshino | 2008-10-27 22:07 | 世界の庭とごはん

アフリカの庭でごはん <1>

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アフリカでは家の外で過ごすことがほんとに多い。家の外は家族の居間であり、お客を迎える玄関であり、食事をする食堂であり、本を読む書斎で、子供が遊ぶ遊び部屋で、食事になる野菜や家畜を育てるところで、眠る以外のたいていのことをするところだ。アフリカの庭って書いたけど、アフリカの「庭」はここで、たんに家の外を意味する。柵はない。まあ少なくとも雨季でなかった間、私が数週間ほどお世話になった、ジンバブエ人の友達の家とその周辺ではそうだった。

友達とはイギリスで出会った。この人はもちろん英語はペラペラだったけど、私がジンバブエにいる間もイギリスで仕事中だった。もちろん生まれも育ちもジンバブエ人の一家全員、なめらかでツヤのある漆黒で美しい肌を持ってて、ふだん白いなんて言われない私の肌が彼らの間ではそうとう白く見えたらしい。

私がこの人たちの普段の言葉(ショナ語)をひとことも喋れないように、友達のお母さんは英語をひとことも喋らなかった。高校生だった友達の妹が英語を少し話せていつもお母さんと私の通訳を務めてくれた。友達の家の外の壁際に細長い木のベンチが置いてある。お父さんは私が着いた日はそのベンチに座ってずっと本を読んでた。その後すぐ、病院へ行ってしまい私が帰るまで戻ってこなかった。お父さんはもう長い間病気で、病院にいるか、家にいても本を読むぐらいしかできないと聞いた。

ごはんを食べるとき、お母さんと妹がひっきりなしにお喋りしてて、ごはんを食べてないときも、たとえば村共同の井戸から汲んできた水で、隣の畑からとった野菜を切ってるときとか、食べ終わって残った水でお皿を洗ってるときとか、とにかくお喋りが止まず、そのお喋りの内容はわからなかったけど、会話の調子は真剣でもふざけてるのでもなく、ただただ同じ調子だった。

「庭」というか隣の畑からの豆やかぼちゃなどが朝昼晩のメニューで、自分たちでおこした火でお湯を煮立て塩を入れて煮るだけ。それを日本の鍋みたいにとり囲んでおはしみたいなものでおわんに救い出して食べた。私もいっしょに畑の土を堀おこしたせいかおいしくて、毎回同じでもべつに飽きなかった。私は仕事で栄養学の本を読んだことがあって、あらまあ、本に書いてあったとおりだって思った。この「アフリカの豆と根菜の塩だけ煮」は、栄養学に叶う理想的な食事だということ。

ごはんを食べてると、いろんな人が徒歩で訪ねてきた。たいていは若い男の人で、お母さんと妹とおんなじようにまた抑揚がない感じでずうっと喋って、一緒に食事に加わって、また徒歩で帰ってった。家のまわりは1軒の家を除いてみんな遠くてまあ見えないけど、何もない平地というか、草が少しだけ生えた砂漠のようなところからときどき人がやってきた。

家の外に置いてあるラジオが大音響のレゲエを一日中流した。お母さんはちょっと一仕事終わってくつろいでるとき踊った。妹もいっしょに踊って私も一緒に踊った。お客がいるとその人も。お母さんは楽しそうに、妹はいつも楽しそうというわけでもなく。鍋や食器がたまたま置いてあり、訪れた人が複数だったときは演奏して踊ることもあった。つまりなんでも誰かが棒でたたいて楽器にしてしまい、またそれで踊るというのが、伝統文化なのかもしれない。<次回に続く>
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by nanaoyoshino | 2008-10-27 00:48 | 世界の庭とごはん

パリの庭、パリのごはん

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「風があるから中の席でコーヒーを飲もうよ」”Let’s sit inside and have our coffee. It’s a bit breezy.”
「え、このカフェは外で座るとこなのよ、中なんてテーブルだってないじゃない!」”What? Everyone sits outside at this café. There is no table inside!”
○.・.。.・・・‥……━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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普段着の英語
パリで友人と会ったことがある。確か、友達が指定して待ち合わせしたのはイスラム教寺院の庭。ちゃんとした寺院でもあり、観光地でもあった。パリの華やかな大通りから少し外れたようなところ、人通りが少ないところだった。イスラム寺院の中は通常女性は入れない。中に入ったかどうかは、よく覚えてない。

雨が降って暗い午後だった。この友達はフランス人だったけど顔はアラブ人みたいだった。家に行ったら、お母さんは白人だった。全然似てなかった。べつに聞いてもないのに「養子なんだ」って言った。友達はイスラム教でもなくキリスト教でもなく、他の大勢のヨーロッパの若い人同様、無神論者だった。思い出したけど最近飛行機の中で「パリ、ジュテーム」っていう映画を見た。パリを舞台にした短い短編映画集みたいな中に、イスラム教の寺院に通うアラブ系の少女に恋する、フランス人少年の話があったっけ。

お母さんが昼ごはんを作ってくれた。野菜と肉にチーズをのせてオーブンに入れて焼いた、グラタンみたいなもの。フランスパン(バケット)。カフェオレ。そんなふう。すごくシンプルで、日本で言うとご飯とお味噌汁と、煮物、みたいな感じ。イギリスの料理と違ったまろやかで繊細な味で、日本で食べるフランス料理と違って素材の味が素朴に生かされてて、おいしかった。お母さんはとてもやさしくて、養子の友達にとってすごく大切な人に見えた。

この人の家はパリから車で30分くらいだった。バスはあったけど友達か、誰か近所の人とか、適当に見つけて乗せてもらってた。小さな家で、塀とL字型の家の間のスペースみたいなのが、まあ中庭だった。家はフランス革命頃からある古い家って聞いたけど、当時は厩(うまや)か農家の納屋だったんじゃないかな。時々中庭の隅の真っ暗な物置小屋から子供の頃からの持ち物とか出して、見せてくれたっけ。

家は日本人の普通の家とあんまり違わず、すごく質素だった。キッチンは玄関も兼ねて4畳半くらい。磨きこまれてぴかぴかだった。中庭に面した大きな窓があり、一日中、家中で一番明るく気持ちのいい場所だった。男女問わず仲間がしょっちゅう来て、みんな例外なくこのキッチンで、カフォオレカップ片手に立ったまま機関銃のごとくおしゃべりしてた。

友達は当時学生だったから、毎晩他の仲間と私も一緒に、他のフランス人の家やパリの繁華街や、映画館を訪ね歩いた。他のフランス人の家はなぜか、映画でしか見たことがないような大邸宅で、しかもとってつけた感じでも成金趣味でもなく、持ち主個人のセンスが光ってるような家。

極限までシンプルな部屋に、アフリカか南米のお面がずらっとお並んだ部屋とか、他のどの国で見た家よりもアートっぽく洗練されてた。パーティーの食べ物はオーブンから出てきたばかりのエスカルゴとか、アラカルトというかおつまみっぽく、格別量が多いわけでも豪華だったわけでもなかった。パリの郊外の邸宅は街頭がまったくなく真っ暗闇で、庭の鑑賞どころか、車から家まで歩くのもスリル満点だった。

<写真について>
庭は半分人口で半分自然のもの。人が好ましいと思う自然のイメージを再現し、楽しまれるもの。
<撮った場所>イギリス
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by nanaoyoshino | 2008-10-21 00:33 | 世界の庭とごはん

「すばらしい新世界」は不自由な社会?

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76年前に描かれた未来社会「すばらしい新世界」「すばらしい新世界・他人と同じか?違うか?」参照では、性的欲望は解放すべしと刷り込まれていて、結婚制度も親子関係もなく、適度な自由時間や娯楽も準備され、自由な男女関係がよしとされる。独自性を育てる芸術や孤独は避けられたり禁じられ、「万人は万人のもの」という、みんな一緒の幸せを賛美する価値観が共有される。

老いは科学によって存在しなくなってる。血液が入れ替えられ若さが保たれるけど、死は若く美しいまま、突然訪れる。死は怖くないという刷り込み教育が、徹底してされる。

2008年の今、ストレスの原因と考えられる抑圧やしがらみが、この架空の社会ではあらかじめないか、抑圧を抑圧と感じなくする価値観が刷り込まれている。不満の持ちようがほぼないが、どうしても解消されないストレスには「ソーマ」と呼ばれる、アルコールよりはるかに効率のよい、麻薬のようなものを服用することが推奨される。服用すると一晩、ときには一ヶ月以上、こん睡状態になるが、ソーマを飲むと気分がすっきりしたり、その後はストレスを忘れられる。

主人公たちは支配する側なので、支配のための刷り込みテキストやプログラムを作る職業に就いてる。適応できないごく一部であるこの人たちは、刷り込みの価値観に疑問を持ち、自分であれこれ勝手に考えることが好きだ。孤独な思索や独自の発想を好み、みんな一緒で自由のない世界に、疎外感を持ってる。

主人公たちは男で、女は下の階層で男の恋人たちとして描かれる。この女たちの発想ときたら、ハーレクインロマンスのヒロイン程度のことしか考えてない。ところがこの本を読んでびっくりしたのは、こんなお気楽そうな、悩みのない世界に住みたいなあ、って思ってしまったこと。

このブログで自由だなんだと書いておいて!ラクだというだけで、完全に他人にコントロールをされたがってる自分。「自由からの逃走」っていう、ナチスにコントロールされたがってた人たちの分析があったっけ。(いまだ読みきれてない本だけど)

自分はお気楽に生きてるつもりだったけど、結構ストレス溜めてるんだ!しょせん、人生って苦労の連続なんだな!と自分が哀れにも思えてしまった。まあ、人生苦労が耐えないからこそ、こんな刷り込みなしでも、人ってそれなりに納得して死ねるってことかも・・・?

<写真について>
やみくもに明るく幸福的なキャンペーン広告の主張は、まっ暗闇に浮かんで一層表面的に映る。映画「ブレードランナー」(*)で描かれた、核戦争後に残った電光掲示広告のように。
*フィリップ・K ・ディックのSFを原作に、1982年公開されたアメリカ映画。遺伝子操作で作られたクローン人間が、支配者の人間を殺そうとする。
<撮った場所>イギリス
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by nanaoyoshino | 2008-10-14 01:37 | hundreds of days off

An Umbrella mender

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日本語訳はこちら→「傘の修理屋のおじさん」


There is an umbrella mender near the train station. An umbrella can be mended only for around 700 yen. I don’t remember if I have seen any umbrella menders in my childhood. There might have been umbrella menders in old towns while anyway I first experienced mending an umbrella at this shop. Have any of you ever mended your umbrellas?

In this shop there have been many new umbrellas sold although I have never seen anybody buy one of them. On the other hand I see a few umbrellas mended and waited for ownrs in the counter whenever I visit there. A man takes my mended umbrella carefullly from those other umbrellas with little tags of customers’ names on.

In fact depending on the extent of how much work he needs to fix them the cost would vary from about 400yen to 1000 yen. Anyway I feel sorry for paying so little compared to his much sophisticated techniques. All I can guess is not many would mend their umbrellas if it costs higher than that in recent years umbrellas can be bought for 500 yen at convenience stores.

Not intending to make money anyway? The upstairs may be rented and that’s how he makes his living really. When we get our umbrellas mended here we usually have such conversations. I cannot help feeling tempted to ask him how long he is doing this business but it looks rather a little difficult to start such a small conversation to the quiet man. Mending an umbrella was also the first experience for Vincent who was brought up in Britain.

He one time had his umbrella terribly broken at the near park in a seriously stormy weather. His umbrella didn’t work as an umbrella at all when we left the park. The man abruptly gives a look at the umbrella and tells us if it’s possible for him to mend it. At that time Vincent got the umbrella back and shouted, “Jesus! This looks brand new!”

Only an umbrellas of mine made the man say ,“I don’t think I can mend this but let me see for a day.” On the next day he said,”I could not mend this because this is made with imported materials and no materials I got fit this. That’s the only umbrella I had to throw away in the last 5 years or so.
Tips ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━○.・.。.・・・‥……
あなたの傘(かさ)大きいね。”Your umbrella is big!”
まるで3LDKの傘だろ。”It’s like our 3LDK.”
2人にちょうどいいよね。”It’s good for us two.”
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by nanaoyoshino | 2008-10-10 00:13 | Simple Life/English

すばらしい新世界・他人と同じか?違うか?

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「日本語では『異なる』も『間違ってる』も同じ(*1)表現だよ。あなたのコトバでは?」 “In Japanese ‘different’ and ‘wrong’ are expressed by the same word. What about your language?”
「『異なる』と『間違ってる』が同じなんてことはないね」 “I don ‘t think ‘different’ can mean ‘wrong’.“
「日本語では『同じ」も「共に」も同じ(*1)表現だよ。英語では?」 “In Japanese ‘same’ and ‘together’ are expressed by the same word. What about English?”
「『同じ』と『共に』が同じだなんてありえないね」 I can ‘t think ‘same’ can mean ‘together’. 

*1「違う」
*2「一緒」
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↑↑
普段着の英語

わずか34階のずんぐりした灰色のビル。正面玄関の上には、「中央ロンドン人工孵化・条件反射育成所」なる名称。また盾形の中には、世界国家の「共有・均等・安定」という標語。

という出だしで始まる小説「すばらしい新世界」は、イギリスの作家・オルダス・ハックスリーによって1932年に発表された。76年も前に書かれた未来小説だけど、2008年の今読んでもあまり違和感がない。冒頭の引用でちょっとわかると思うけど、ここに描かれてる社会では、個人の幸せより全体の幸せが重んじられ、この価値は共有され孤独は避けられる。

「すばらしい新世界」では全ての人が体外受精で生まれ、教育センターで上に上げたような価値観が寝ている間の条件反射教育や学校教育で、繰り返し教えられる。第二次世界大戦中の日本の軍国主義教育よりはるかに徹底して特定の価値観を刷り込まれる。この社会ではだから、適応できない不満のある人間がとても限られる。この小説がユートピアを描きながら、非ユートピア小説と考えられてるのは、それでもいる少数の異端者の目から描かれてるからとも言える。

「結婚してないという理由で、社会的プレッシャーを感じてる人がいる」ともし、イギリスで言ったら、言われたイギリス人は意味がわからないか、冗談と思うかもしれない。そのくらいイギリスでは結婚するしないは、単純に個人的なことと考えられてる。私の日本人の知人には、家業や苗字を継ぐ継がないかとか、相手の職業を親が気に入らないとか、親の面倒を見る見ないとかいった理由で、結婚をあきらめたり反対されて親との折り合いが悪くなった人が思いつくだけで相当数いる。イギリスと比べると、日本の社会がどれだけ「みんなの幸せ」を優先して、個人の幸せを後回しにしてるか。

それでもたいていの人は孤立は避けたいと思う。一人ぼっちはいやなのだ。イギリスだってそれはおんなじで、イギリス人が幸せかというと、来日して以来日本の、モメゴトをさけて白黒をあいまいにし、おたがいの空気を読む社会に和むというイギリス人もいて、西欧個人主義にはうんざりしてる人だっている。私だって日本の社会の暖かさに一種のユートピア性を感じなくもない。

「すばらしい新世界」で完全に遺伝子操作されて生まれる人々は、あらかじめ定まった社会をかたちづくるために役立てられる。だから支配する側の人間はその社会のしくみを熟知したり独自に発想もできる知能を生まれつき持ってる。逆に支配される側の人間は、あらかじめその環境に適合するように作られた、遺伝子すら同じ大量生産のクローン人間たち。そして支配する側のほうが、人によっては適応しにくいという。物語は、異端者の1人が、マスコミにパパラッチされた挙句自殺して終わる。

「すばらしい新世界」 講談社文庫

<写真について>
遠目に見るとたんなる仕切り。近寄ると、「日本」という字がデザインされてるとわかる。スキマがから、カフェで働いている東欧出身の女の子が見える。
<撮った場所>
ヘルシーな日本食がブームらしい、イギリスの国際空港のスシ&オリエンタルカフェ。
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by nanaoyoshino | 2008-10-06 00:41 | SimpleLife/普段着の英語