祖父母の庭とごはん<1>

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祖父母の庭は、隣の同じような2階建の家に囲まれて、いつも苔のにおいがする土はじっとり湿って乾くことがなかった。古風な垣根と玄関を通って入って行くと、父母が玄関で祖母とあいさつしてたりする間、子供の私は飛び石の上をぴょんぴょん歩いてた。石と灯篭と少しの木立に囲まれた暗く狭い庭は、たいてい静まり返ってた。

家の2階は本で落ちそうだった。2階の部屋は屋根裏部屋で、天井が低く窓が小さく室内は真っ暗だった。祖父はいつも入り口からは背を向けて、本の中に埋もれて書き物をしてた。書斎は本で埋まってしまいその後、1階の台所の隣でもある玄関脇の3畳になった。昔の玄関は3畳くらいもあって、玄関と書斎の間には円形の枠の窓がついてて、夜祖父の書斎に明かりが灯ると、竹の細い格子が風情のある模様を作った。

母の兄弟のお嫁さんが来てからは、寒い土間が近代的な台所に変わり、ごはんはお嫁さんと祖母が作った。台所の隣の茶の間で祖母はよくかつおぶしを削ってて、小さい私はときどき手伝わされた。その頃母と祖母はけんかをしなかった。2人でいろんなことをコタツに入ってとりとめもなく話してた。

祖母の両親は田舎の地主だったと聞いた。祖母が街の学校に通うため、遠い親戚だった祖父の家の下宿して、祖父母は恋愛結婚したのだと聞いた気がする。祖母はきれいなものが大好きだった。祖母のアルバムには、実家の庭でバイオリン四重奏を演奏する音楽家や、庭に建てた八角形の茶室や、自分が設計したその建物によりかかるドイツ人の建築家といったような、私には想像できない日常の写真が貼ってあった。

座敷には火鉢があった。祖母はそこで縫い物をした。それから桐のたんすの中の小さい引き出しから、いろんな色や柄の千代紙を出して見せてくれた。祖母から届く手紙は、その千代紙で作った封筒に入ってた。祖母がくれたローズ色で、もち手が大きな竹でできた傘がどんなに美しいか、8歳の私には理解できなかった。他の子が持ってるようなマンガっぽい絵の傘なんかとあまりに違いすぎて年寄りの傘みたいで、恥ずかしかった。京都のおみやげの舞妓さんの絵の小箱も大キライだった。(つづく)
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by nanaoyoshino | 2008-12-14 01:12 | 世界の庭とごはん
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