イギリスの家と、真夜中のトムの庭

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「トムは真夜中の庭で」は、タイトルが「庭」だから主役は庭。でも、家もとてもたいせつな役割をになってる。なんといってもこの家にネジで固定されて家と一体化したみたいな古い大時計こそが、午前13時というありえない時刻を打ってトムを秘密の庭へ招くのだから。

イギリスの小説って、人間というより家が主役の話が多い。EMフォスターの「ハワーズ・エンド」は「ハワーズ・エンド」という名前の家をめぐる話。カズオ・イシグロの「日の名残」は、イギリスに、以前の日本のバブルなんて吹けば飛びそうに思えるほど、世界中の富が集中して(強奪されて?)たころの、貴族の執事の話。執事は家を管理するのが仕事。だからやっぱり、家が主役みたいな話だ。

わたしもイギリスで古い家に住んでたことがある。夜中にやむをえず部屋を移動するとき、天井はドーム状だし足の下は華麗な螺旋階段で、彫り物のある壁のそば、暖炉の前を通ると、ビクトリア時代にタイムトリップして、女中さんが蝋燭持って歩いてるのに出くわしちゃうんじゃって想像した。そうなってもちっともおかしくないというか、その光景のほうが自然みたいな家だった。時計が13回うった時初めにトムが遭遇したのは、やっぱり忙しそうに通り過ぎてくビクトリア時代の衣装を着た女中さんだった。

家は過去の痕跡をあっちこっちに残して、夜中に「今」の時代が寝静まると、そこかしこに、当時住んでた人の息遣いみたいなものが、聞こえてくるような気がする。でも、庭は違う。庭は家ほど過去の痕跡をほとんど残してなかった。この物語でも、ビクトリア時代のころ庭で雷で木が倒れたりしたし、現代の庭では小さな家が立ち並びわずかに残ったスペースはゴミ置き場になってる。

20歳くらいに成長してしまったハティにはもう、トムの姿が見えず、トムにはハティが見えるけど心はハティに追いてかれたように感じる。大人と子供の間には断絶があって、トムのまわりの大人と、夜、秘密の庭で会う少女ハティは、トムにとっては同じに目に見える。でもトムの世界の大人は誰もハティが見えないし、ハティの世界の大人もトムが見えない。「トムは真夜中の庭で」は、大人に見れないものが見える子供の心の物語なのかな。トムは最後のほうに、自分の「時」には帰らない決心をする。なぜなら、大人になること成長することをやめない自分には、帰ろうと思えばいつだって帰れるのだから!

トムにとってハティは会うたびに年齢も姿も性格も変える、永遠に謎の存在。あるときは嘘つきで自分を「王女」と名乗る幼い少女で、あるときは独立心が強くてどこまでもスケートひとつで旅をするおそろしく冒険好きな女性で、義弟の友達にプロポーズされる。相手をつかもうとすると逃げてくような、相手の気持ちをいつもつかめないような、恋ってそんなものじゃない?深読みすればこれは、初めて異性と出会ったときの恋のお話かもしれない。

最後のほうにトムの経験はおばあさんになったハティの夢に、トムが入り込んじゃったことが背景にあるらしい、とわかる。だからこれは夢と記憶、そして時間の謎についての話でもあるみたい。今目の前に見えるものはほんとの実在なの?夢の中のように時間がたつと消えてしまうの?いやほんとうは消えないで、ハティのように何度も何度も、ふたたび立ち現れてくるんじゃないの?

トムが庭でなく家の中で出会うのは、たいていハティではなく、ハティの継母やその息子たちだ。庭は子供時代のように素朴でしたしみやすく、恋人のように秘密めきながら、時間のようにはかない。庭は家の内がわが、外と接してる中間のところだ。それは自分と自分以外の何ものかと初めに出会うところ。だから、子供時代のトムが最初にハティに出会うのは家の中でなくて、そのすぐ向こうにある、謎めいた庭でなくてはならないんだろうな。

「トムは真夜中の庭で 」 フィリパ・ピアス作  岩波少年文庫
読書の秋!おすすめの一冊
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by nanaoyoshino | 2008-11-20 23:05 | 世界の庭とごはん
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