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アフリカの庭でごはん <1>

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アフリカでは家の外で過ごすことがほんとに多い。家の外は家族の居間であり、お客を迎える玄関であり、食事をする食堂であり、本を読む書斎で、子供が遊ぶ遊び部屋で、食事になる野菜や家畜を育てるところで、眠る以外のたいていのことをするところだ。アフリカの庭って書いたけど、アフリカの「庭」はここで、たんに家の外を意味する。柵はない。まあ少なくとも雨季でなかった間、私が数週間ほどお世話になった、ジンバブエ人の友達の家とその周辺ではそうだった。

友達とはイギリスで出会った。この人はもちろん英語はペラペラだったけど、私がジンバブエにいる間もイギリスで仕事中だった。もちろん生まれも育ちもジンバブエ人の一家全員、なめらかでツヤのある漆黒で美しい肌を持ってて、ふだん白いなんて言われない私の肌が彼らの間ではそうとう白く見えたらしい。

私がこの人たちの普段の言葉(ショナ語)をひとことも喋れないように、友達のお母さんは英語をひとことも喋らなかった。高校生だった友達の妹が英語を少し話せていつもお母さんと私の通訳を務めてくれた。友達の家の外の壁際に細長い木のベンチが置いてある。お父さんは私が着いた日はそのベンチに座ってずっと本を読んでた。その後すぐ、病院へ行ってしまい私が帰るまで戻ってこなかった。お父さんはもう長い間病気で、病院にいるか、家にいても本を読むぐらいしかできないと聞いた。

ごはんを食べるとき、お母さんと妹がひっきりなしにお喋りしてて、ごはんを食べてないときも、たとえば村共同の井戸から汲んできた水で、隣の畑からとった野菜を切ってるときとか、食べ終わって残った水でお皿を洗ってるときとか、とにかくお喋りが止まず、そのお喋りの内容はわからなかったけど、会話の調子は真剣でもふざけてるのでもなく、ただただ同じ調子だった。

「庭」というか隣の畑からの豆やかぼちゃなどが朝昼晩のメニューで、自分たちでおこした火でお湯を煮立て塩を入れて煮るだけ。それを日本の鍋みたいにとり囲んでおはしみたいなものでおわんに救い出して食べた。私もいっしょに畑の土を堀おこしたせいかおいしくて、毎回同じでもべつに飽きなかった。私は仕事で栄養学の本を読んだことがあって、あらまあ、本に書いてあったとおりだって思った。この「アフリカの豆と根菜の塩だけ煮」は、栄養学に叶う理想的な食事だということ。

ごはんを食べてると、いろんな人が徒歩で訪ねてきた。たいていは若い男の人で、お母さんと妹とおんなじようにまた抑揚がない感じでずうっと喋って、一緒に食事に加わって、また徒歩で帰ってった。家のまわりは1軒の家を除いてみんな遠くてまあ見えないけど、何もない平地というか、草が少しだけ生えた砂漠のようなところからときどき人がやってきた。

家の外に置いてあるラジオが大音響のレゲエを一日中流した。お母さんはちょっと一仕事終わってくつろいでるとき踊った。妹もいっしょに踊って私も一緒に踊った。お客がいるとその人も。お母さんは楽しそうに、妹はいつも楽しそうというわけでもなく。鍋や食器がたまたま置いてあり、訪れた人が複数だったときは演奏して踊ることもあった。つまりなんでも誰かが棒でたたいて楽器にしてしまい、またそれで踊るというのが、伝統文化なのかもしれない。<次回に続く>
by nanaoyoshino | 2008-10-27 00:48 | 世界の庭とごはん
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