25 エマウスの家の思い出

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「明日エマウスの家に行くの。困ってる人とかが、社会的援助がなくても自分で働いて暮らせる家」 "I'm going to Emmaus house tomorrow. The house is for the people with difficulties. They can work and live there without social support."
「君のエマウスの旧友に会うってわけだな」 "Then you will see your old bunch there."
「そう、フランス人も結構来てるよ。エマウスはもともとカトリックの神父さんがフランスで始めた運動なんだよ」
"Yes, but there will be quite a few French people as well. Emmaus is the volunteer organization some Cathoric priest started in France."

■I’m going to  口語でたんなる予定を表す場合 I will より一般的。 I will はもっと強い意思を表す場合に用いる。

■a few  2,3のなどと訳されるが、会話では「意外と多く」とか「結構たくさん」のニュアンスで、「数個」くらいの感覚で使われる。

■a bunch  もともと「束」という意味だが、 口語表現では「友達」(複数の)を意味することもある。
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「普段着の英語」ピックアップ

東京のエマウスの家を思い出すとき目に浮かぶのは、庭の10本の桜の木から風が運んでくる花びらが、いつまでも舞っている食堂。桜の木の下で、スペイン人の神父さんがカスタネットを鳴らしながらフラメンコを踊っている風景。20年あまりも前のことになってしまって、まるで夢の中のできごとのように思えるけれど、今でもあの日神父さんにいただいた黒いゾウのペンダントトップが、毎日使っているガラスの宝石箱の中にある。ゾウといっても丸い輪郭で指先くらい小さくて黒く、さわると少し冷たく重い感じだ。

週末行くといつも何人かのお客さんがいて、その日もそうだった。神父さんといっても私服で、体格のいい陽気な人だった。テーブルと椅子が食堂から庭に持ち出され、テーブルの上にはワインや、料理のうまいシスターが作った食事が並んだ。皆ワインを飲んでいたけど花見といっても静かな会だった。神父さんからスペインでは子供も大人も、食事のときにワインを飲むと聞いてびっくりしたり、庭にある桜の木を初めて数えたのもそのときだった。誰もお酒に酔うことなくお茶でも飲むみたいにワインを飲んだ。もちろん誰もが贅沢なほどたくさんの桜もここちよさそうに楽しんでいた。

それは私が週末だけエマウスの家で料理や草刈りを手伝ったりしてたころ。私の恩人であるCさんが訪れてゆったりお茶を飲みながら食堂から庭を眺めているのを、初めて庭からお見かけしたのも、そのころだった。痩身にまっ白い作務衣を粋に着こなして、ポップミュージッシャンだと勝手に思ってたら、仏教のお坊さんだった。

須賀敦子さんもそのころ、ときどきエマウスの家を訪れていたのだろうか。そうだったにせよ、私はその頃須賀さんのことは何も知らなかった。エマウスの家に住んでいたDさんとは行くたび顔を合わせた。いつでも背筋を伸ばした、姿勢も礼儀もよい人だった。ひかえめでまっすぐな、なんだか野の花がぱっと咲いたみたいなDさんの笑顔に出会うたび、ここに来てよかったと思った。

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by nanaoyoshino | 2008-05-14 22:45 | SimpleLife/普段着の英語
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