19 サマーハウス(夏のお茶室)にて

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「バーサとサムってリタイアしてるのに、どうしてこんなことする経済的余裕があるのかな」”How can Bertha and Sam afford to build this after retirement?”
「夫婦二人とも30年以上働いてた企業から、年金をもらってるよ」”They’ve got pension from the companies they worked for more than 30 years.””
「その話でアリとキリギリスの童話思い出した。知ってる?」”That reminds me of the tale about the ant and the grasshopper. Doyou know the story?”
「たぶん知らないね」””Probably not.”
「アリが一生懸命働いてる間キリギリスは遊んでて、冬がきたら、困ったのはキリギリスって話。バーサたちがアリで私はキリギリスだよ」””In summer the ant worked hard and the grasshopper played. Then winter came, the grasshopper didn’t have anything to eat. Bertha and Sam are the ants and I’m the grasshopper.”

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「普段着の英語」ピックアップ ↑ ↑ ↑


休暇が長いヴィンセントが先にイギリスに行き、私は後を追い、ついにバーサの家にやって来た。ここはまるでバードサンクチュアリみたい。ヴィンセントは隣で眠ってる。川の水の流れる音やいろんな鳥の声を聞いてるうちに、バーサのサマーハウスを好きになった。はじめ、サマーハウスは一見おもちゃみたいにきゃしゃな作りに見えがっかりした。

今まで気がつかなかったけど、こんな6角形のガラスの小屋を庭に持つ家は郊外ではときどき見かける。ただバーサのサマーハウスみたいに、川のすぐ脇に建っているのはあんまり多くないと思う。

ここからは川に反射する日の光がよく見える。でも川が近いから、大雨が降ったりしたら小屋ごと川に流されてしまいそう。ごく小さい、3畳くらいしかないほとんどガラスでできた小屋だし、大きな木に囲まれてるから、木が倒れたりしたらすぐ壊れてしまうかも。じっさい最近強風で木がこの家をかすめて倒れたので、あやうく難を逃れたそう。

バーサの夏のお茶室でうたたねをして「ハワーズエンド」の映画を思い出したのでヴィンセントにそう言ったら、「じゃ、金持ちのアクセントで僕も喋らなくちゃな」と映画「ハワーズエンド」に出てくるメグ役のエマ・トンプソンみたいな喋り方をした。イギリス人なんだから真似ようと思えば真似られるのは当然なんだろうけど、中産階級のアクセントで話すヴィンセントが一瞬別人にうつった。

「ハワーズエンド」では知的で裕福な家柄の二人の姉妹が、それぞれ自分たちと違う家庭の異性に恋をする。まあこれはイギリス恋愛小説に典型的か。で、姉が恋したのはいわゆる成り上がり的に出世して姉妹の家庭以上に裕福な商人で、妹が恋したのは貧乏な文学青年と全く違うタイプ。この4人とそれぞれの家庭の複雑な絡み合いでストーリーは進行し、その中心にいつも「ハワーズエンド」という名の田舎の家が存在する。(イギリスでは家にコテージ名がついてることがある)

映画の「ハワーズエンド」では、雨が多いイギリスの事実と違って、空はなぜかたいていよく晴れて季節はいつも夏。きちんとした身なりの登場人物が、庭で紅茶を飲んでるようなシーンが多く、汚い裏通りもこじきのようなかっこうのティーンエージャーも、飲んだくれのオヤジも出てこない。ストーリーは、偶然がやや多すぎる。「こんなに偶然があるわけないじゃない」と言いたくなるものの、後半にあるこんなセリフがとても好き。

貧乏な文学青年がやけになって言う。
「間違いならいいと思うんですがね・・・金こそ現実なのです、他のものは全部夢なのです」
こたえて妹が言う。
「もし私たちが永久に生きているのなら、不正や貪欲は現実のものかもしれない。ところが実際には私たちは他のものにしがみつかなくてはいけない。『死』がいつかはやってくるのですから。私は『死』を愛します。といっても、病的にではなくて、『死』が説明をつけてくれるのですから。『死』はお金がいかに空虚であるかと私に示してくれるから。永遠の敵同士なのは『死』と金であって『死』と生ではないの」(小池滋訳 みすず書房E.M.フォスター著作集「ハワーズエンド」)

庭は広いのに、バーサと夫のサムはわざわざ庭の端の、嵐がきたらすぐに流されてもおかしくないほど川縁にこの小さな小屋を建てた。桜の花が散るように、美しいまま短く消えていくものはいっそう美しい。ガラスの小屋が川に流されても、美しいかな。そんな話を眠りに落ちる前のヴィンセントにしたら不思議そうな顔をしたので「命だって、消えてくからこそ美しいんじゃない」と言ってみた。

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by nanaoyoshino | 2008-04-10 00:51 | SimpleLife/普段着の英語
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