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誕生日の時間へ

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ある朝階段を下りてくと、泊まってた民宿はあんまり商売繁盛というようすもなかったのに、1階は満員で、乳母車なんかもおいてあったりして、足場もないほど。大人たちの間をぬうようにしてキッチンのおかみさんのところへたどりついた。おかみさんは「今日誕生日会なの」と言う。「誰の?」と言ったら、乳母車の中の赤ん坊らしい。

どことなく繊細な風情のあるおかみさんはいつも私にアームスフォルトでやってる劇や音楽のことを教えてくれた。その日は公園の劇場へと向かった。小さい町なのでどこでも歩いて行けた。池の向こうで子供たちとお母さんが「まさか」っていうくらい粗末な小屋の前で遊んで、劇を待ってた。

小屋の前列にある小さなベンチは5歳くらいの子供ばっかり。まっくらになって劇が始まる瞬間はやっぱりわくわくする。女の子がキャベツの中から生まれる。その子を好きになった農夫の少年が王さまになる。

たった一人の人形使いの女性が、黒子として隠れるわけでもなく、小さな舞台の後ろに座って全ぶの登場人物の糸を器用な指の動きで操り、声色を変える。子供たちはすっかり物語りにひきこまれて、はーってためいきついたり、おーって歓声を上げたりして目を輝かせてる。

ちょっとかぐや姫みたいなストーリーだけど、むかしキャベツちゃんって人形がアメリカで人気だったし、欧米ではキャベツって特別な意味があるのかもしれない。うーんそれにしても、オランダの子供はテレビゲームなんて与えられてないのかな?

人形劇の途中の休憩時間、そこにいた子供の1人の母親らしい人がどう見ても日本人に見えて話しかけてみたところが、日本人じゃなくって韓国系オランダ人なのだった。その日は彼女の息子の誕生日で、場内の観客全員が近所の友達とその親だそう。流暢な英語で「養子なの」って言う。オランダでは子供の誕生日を半日とか1日かけて、盛大に祝うのが習慣なのだって初めて知った。

「ジェーン・オースティンの読書会」って小説の登場人物プルーディのことを思い出した。プルーディは子供の頃自分の誕生日会をとくべつ楽しみにしてて、でもたぶんお金か時間がない母親は誕生日を開いてあげられない。

日本ではそんな誕生日会の習慣はない、知る限りイギリスでもないよ、って言ったら、「ラクでいいわね、まあでも誕生日会も楽しいわよ」って彼女は言った。

近くの彼女の家の入り口までいっしょに行く。彼女とだんなさんが、まず誕生日の息子に、それから友達の子供たち全員にプレゼントをした。その後彼女は、子供1人ひとりを自宅に送る。
「あなたのご両親はお元気ですか」
私はなんとなく尋ねた。
「私自分の両親のことは何にも知らないの」
彼女とだんなさんの子供が養子なのだと思ってた。でも違った、彼女自身が韓国人の両親からオランダに養子に出されたのだ。

彼女も、実の親じゃないオランダ人の両親にこんなふうに誕生日を祝ってもらったのかもしれない。

ヨーロッパではふつう子供をアジアの家庭みたいには、かわいがらない。アジアでは子供は血のつながりの上で自分の一部と考える。ヨーロッパでは自分とは別の個人としてクールに扱う。オランダの子供たちはこれほど大勢に祝福された誕生日の時間を、大人になったときどんなふうに思いだすのかな。
by nanaoyoshino | 2009-05-22 01:48 | hundreds of days off
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