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幻想としての"民族"

ジプシーとは誰なのか、ほんとうにあいまい。それはジプシーが長い期間移動し、交婚し、いろんな文化や言語をとりいれてきたから。歴史的に起源がインドであっても、今ではインド人だと言えず、ヨーロッパ人だと考えられている。非ロマのヨーロッパ人と外見的な区別がつかないロマも多い。
(アメリカにロマがいるとはあまり知られていないが、アメリカのロマは多く、ただ自分からロマだと非ロマの人に言う人が少ないと聞いた。つまり外観ではロマと区別がつかないということ)

日本人には自身を「単一民族」と考えている、またはそんなこと考えたことない人が多い。でもこの何々民族の定義が、そもそもあいまいだ。

シリア人、イスラエル人がユダヤ人だと名乗り、無神論者のアメリカ人にもユダヤ人と名乗る人がいたので、ユダヤ人とは何だろうと以前思い調べたら結局「自分でユダヤ人だと思っている人」がユダヤ人といった印象だった。ほんとう?と当時は驚いたけど、ロマにしてもやはり同じことらしいし、ほかの民族についても結局「そう思っている人がその民族」という考えがわりと一般的みたいだ。

だとするとどっかの民族がほかより優越だとか、その線引きの根拠がどうやったら科学的でありえるのだろう。

言語学者によるとジプシーの特有の言葉はインド語起源が多い。これがロマをインド起源とする根拠ということらしい。移動が多いジプシーの言葉はもっと多くが外国語起源だけど、イギリスのような島国でさえ、英語のうち、70%近くがフランス語など外国語起源だと言う。

じっさいイギリスに今多いサクソンもケルトも、もともとブリテン島以外に散らばっていた。

イギリスで純粋な民族としてのイギリス人って私は想像できない。100%のイギリス人のDNAにケルトとサクソンは混じっているだろうし、ほかにも歴史をふりかえればイタリア、ドイツ、フランスなどの血が過去のどこかの時点でに入ってると思うのが自然。

差別することで優越感を持つ、というのは劣等感の裏返し。ナチスのユダヤ人虐殺ばかりが強調されるけど、一部の日本人の在日への差別はじめ、歴史に根付いた現在の差別は世界中でなくなってない。

イギリスなどヨーロッパでは差別的なことを口にすると罰せられる法律があると言う。でも最近のイギリスでもネットの書き込みを見ると、ジプシーへの人種差別はネットで野放し。日本でも北朝鮮関連の在日に関する人種差別は激しく、野放しなのと同じ。最近のイギリスやフランスでは保守政権自身が少数民族を排斥している。

日本でも人権概念をもとに、人種差別的な言論は罰する法律が作られる議論はあったらしい。が、「差別は存在しない」というふうな理由で作られなかったと聞く。日本の政治家は、発言だけ見れば幻想の世界に生きているようだ。

ちなみに、wikipediaで民族を意味する"ethnicity"を調べてみた。
wikipediaでは、民族ethnicity=people人びと同義だった。
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by nanaoyoshino | 2012-05-22 02:42 | hundreds of days off

図書館の、子どもむけの本にはまってます

最近、またボランティアの手伝いで
世界の紛争について、調べています。

私は大学は社会科学系だったのに
こういうお固いことは、やっぱ苦手。

今地元の図書館に行って
いーなーっ!
て感心したのは、子供向けの社会科関係の、すっごくよい本が多いこと。

紛争や人権にかかわるのもいろいろあって、絵や写真が多いし文章もすごくわかりやすい。
ほら、紛争って、パレスチナがどうだ、イスラエルがどうだ、コソボがどうだ、ダルフールがどうだって
いっぱいあって、それも経緯も複雑で、超ド級にわかりにくい!

社会系とかの本ってわかりにくいのがあたりまえな感じだけど、子供向けはすごい、
すっきり1時間以内で1冊読めて、苦労なくわかるのは、得した感じ。

中学校向けくらいになれば、著者の独自性がわかるほどに高度な内容で
大人にもじゅうぶんな読み応え。

ただいつ図書館行っても、低くて小さなイスとテーブルが、
子どもじゃなくて私みたいな大人に占められているのが喜ぶべきかなのかどうか
よくわからないけど。

そういえば池上彰って人の名をよくネット上で見る。
いったいこの人、なんで人気なの?
子どもニュースで有名な人じゃなかった?

なんだろってウィキピディアで調べたら、週間子どもニュースも
子どもじゃなく大人が見ていたんだって。

それで番組終了したそう。

で、あの話はずれますが、フェースブック、最近プライバシーの問題で
アメリカでは下火ってニュース読んだけど、
私はぜんぜんトレンドに疎く、
誰も使ってない頃登録してソーシャルなのに相手がいなくて使えないまま
みんなが使っていたここ数年はおろおろしているうち一度も使わず
下火になった今ごろ、ちょっと時間できたし、使おうかなって考え始めた。

まわりで使ってる人は年下の人ばかりなのですが
みなさま、どうやって使ってるのか、よかったら教えてください。
(ネットでそういう情報いっぱいあるのは見たけど個人談で聞きたいです)

私はブログの延長で
メールで実際の友達に伝えリンクさせ
こんなイベントがいいよこの本読んだよっていう
紹介などしようかと。

個人名+フェースブックで検索したけど
同じような名の人いっぱいいて安心した。

誰からも検索されたいなんて
思ってないから、あくまでもミクシのようなノリで
でもミクシよりは広く浅く、
限定された知人間で使いたい。
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by nanaoyoshino | 2012-05-11 01:54 | hundreds of days off

ジプシー、ロマ

イギリスで学生をしていたときに、同じフラット(1フロアのシェアハウスのようなもの)に住んでるイギリス人の男の子が、自分の実家と家族の写真を見せてくれた。別に私がとくに仲がよかったわけじゃないから、たぶん誰にでも見せてたんだろうと思う。

それは家じゃなくてキャラバンとか呼ばれる、移動式の家というか、大き目のクルマというかそんなふうなものだった。キャラバンの横のひもに吊るされた洗濯物がいっぱいでやけに目だってた。家族の姿はよく覚えてないけど、妹だか子供たちが映っていたような気がする。キャラバンはたくさん、空き地のようなとこに留まってた。

最近ボランティアの仕事で記事を書いていて、ヨーロッパのジプシーのことを調べていた。もともと他の人が書く予定だったのが、彼女が忙しくなって、私はそのときイギリスに滞在していたので、その彼の記憶もあり、(彼の居所は今ではわからないけど)ジプシーのことなら書きやすいかなあと思い「私ヒマですから書きますよ」と名乗りをあげたのだ。

彼女は、日本の文献を調べれば調べるほどジプシーとは誰なのか、わからなくなるっていうふうなことを言っていた。それに加え本業でとても忙しくなってしまったのだ。

私はそのボランティア団体の本部がイギリスなので、帰国前に寄ることができるようジプシー問題担当者にアポイントをメールでとって、彼女の疑問を聞いてみた。

彼はちょっと、別世界から来た人でも見るみたいな反応で私を見た。事実、ジプシー問題のおそらく現場に関わっている専門家のような人から見れば、ジプシーっていったいどういう人ですかね、って質問するアジア人は別世界から来ている人なのだろう。

ちなみにジプシーというと差別のニュアンスを感じるジプシーたちが多いと言う。歴史的にジプシーは、想像もつかないほどの差別をヨーロッパで受けてきたのだ。それで研究者や国際団体などではジプシーでなくロマと言うのがふつう。

担当者は、私に会うなり「30分だからね、いい?」と言った。はるばる百キロ以上も遠くのど田舎からやってきたなり言うんだからね。でも、意外に1時間近くジプシーをどう定義するのかの話は続いた。

私の拙い英語で解釈できた限りでは、イギリスのジプシーの多くはロマではないちょっと違う存在であること、あと、ロマは自分をロマだと認識し、ロマ特有の言葉を話すこと、それがロマの定義に関する彼の主なポイントだったと思う。(ジプシーはロマを含む)

少なくともジプシー問題担当者には、ジプシーが誰であるか明らかだった。その彼を目の前にすると、私にも実在のジプシーがなんとなく目の前に具体的に見えるような気がしてきたが、あくまでもそれは私が短い間とはいえ同じフラットで暮らした男子学生のイメージがもとになっていた。

日本の彼女が、ジプシーとは誰なのかわからないという、それはジプシー自身によるジプシーの本がなく、第三者の本がほとんどだと言うことと関係していたのではないか?私もイギリスに行く前と帰ってからいくつかジプシーの本を読んで、彼女のいらだちが理解できた。だって読む本読む本、どうも話したこともない人びとのことを推測で書いているみたい。まるで霧がかかった視界でジプシーを見て語っているよう。

帰国後出版社の人から、イアン・ハンコックという人によるジプシー問題の本を借りて初めてジプシー自身による本を読むことができた。それで相当視界がクリアーになったように思ったが、この本はほとんどいわゆる差別問題の歴史的証拠をられつするという作業に限っていた。(この作者はそういう記事、書類をコレクションをしているよう)

Roxy Freemanっていう女性はイギリスのガーディアンっていうリベラル系新聞の記者をしていてジプシー問題というと彼女の筆によることが多かった。この人は自分がジプシーだと書いていたので彼女の本“Little Gypsy”の一部を読んだ。

知りたかったのは、ジプシーによるジプシーの生活だった。タイトルや書評からはそういうことが書かれているのかと思った。でも自分の両親のことや恋愛のことが主で、ジプシーの生活はあんまりわからなかった。というか、この人ジプシーかもしれないけど、伝統的なジプシーではない。両親の1人のひいおじいさんがロマらしいが、2人とも出自は普通の定住生活者の家族で、当時のヒッピームーブメントの影響もあって?あくまで自分からジプシー生活を選んだ。

正直、この人の自分史はあんまり楽しめず両親の話も型にはまっている印象だった。でも唯一今の段階でおもしろく感じたのは、この人のキャラバンで?火災があったときの記述。一晩中燃えるのを見ていたらしい。たいした持ち物もないから残念だけどまあいっかからだは無事だったしっていう感じで。

持ち物がないっていうのはこういうことなんだ。どこにでも行ける。何も持ってない。うまく言えないけど私はいつでもそういう状況に憧れがある。

著者の家族のジプシー生活はじっさいに30年以上続いていたわけだから事実には違いない、ただ、ジプシーの多くに共通する生活感覚とはたぶん(最後まで読んでないから断定はできないけど)ほとんど関係ない話だった。

著者Freeman(本名?)の両親は、生まれた子が死産だったとき役所に知らせず埋めてしまって警察から取調べを受けた。その例が示すように、著者の両親は世の中のきまりやしがらみを避けて、自由きままに生きていた。

楽しくステキな暮らし。でも何百年も差別され、ナチスに皆殺しにされ、ゴミ捨て場にガラクタを組み立て自分でこさえた家すら、ブルドーザーでつぶされるロマとはぜんぜん違う。
(今の時代にヨーロッパの各国で、フランス、イタリア、イギリスでもブルドーザーでジプシーのキャラバンや家がつぶされている、ほんの数ヶ月前もイギリスでニュースになっていたけどほとんど世間からの同情もなく、なんでこんなことがニュースなのといった反応が、広い差別を表している)

「あっちのジプシーといっしょにしないで」というジプシーが多くて、ばらばらだから政治的な発言も権力もなくジプシーとは何か、ヨーロッパでも明確にわかっている人が少ないというのはこういうことなのか、っとこの本を読んで改めて感じた。
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by nanaoyoshino | 2012-05-01 02:30 | hundreds of days off

ひとりになって、つながって

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Vの家に滞在するのもこれが最後になるのかも。私たちが日本に帰国して、この家の買い手がついたら。

半年に一度のこの数週間こうしてイギリスでただたいしてやることもなく過ごすと、いろいろ振り返りができる。この家が売られたら、それもできなくなるのかな。

2週間ほどVと二人でヨーロッパを電車で旅して、あまりにも好みが違う二人なので、正直疲れることもお互い多かったけれど、旅をしておんなじものを見て喜んだり、いっしょに達成感を味わったり。

ロンドンではボランティアとして広報のお手伝いをする団体の本部オフィスで、これまでメールだけでやりとりしてたスタッフとも会えた。仕事が楽しくてしかたがないって感じの、びっくりするくらいフレンドリーな担当者の美女と、その上司。

会社やめたからこそこんなこともできたと言える一方、なんだかもの足りない。たぶん、そのボランティアにしても、広告の仕事でも、こうしてブログを書くことや、女性としてもっと充実して生きること、すべてひとりではできない気がするし、もっとつながっていきたいな。
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by nanaoyoshino | 2010-08-21 00:05 | hundreds of days off

あらためて泣くなんておかしい

前々々回、読んでたら「つらくて仕方がない」と書いた文のこと。
後で考えたらここに書かれていることは、私がこれまで5年くらい翻訳してきた内容と変わりがないことに気づいた。(5年前から変わらず毎月世界のどこかで起こっている、軍事または独裁政権下の一般市民への非合法の逮捕、拷問、レイプ、強制失踪、殺人。)

だからあらためて泣くなんておかしい。

なのになぜ泣くほど動揺したのかと言うと、文体が違うからだと思う。

「つらくて」と書いた文章は、この団体(私が手伝っている)がもっとも大きな社会的反響を得たという昔の広告(本部のイギリスで制作され発表された)にあった。

シリーズ広告なので読むのに半日かかったけど、読んでいるうちに、大声で泣きたくなって困った。

私が定期的に翻訳しているのは、事実をたんたんと述べる文体。
世界中におそらくプレスリリース的に配信されている文章。

文体でここまで読み手の感情を煽られるのは、文章技術でもあり、プロパガンダとして利用されたりすると怖い結果にもなるわけ。

だからニュースとして事実を伝えるのなら、冷静に伝えるのが正しい。ショッキングな事実であるほど、そこから導かれる判断は読者に委ねられるべき。

実際は、選挙など決定的なタイミングが絡むとニュースとしての情報さえ、発信元が読者の反応をコントロールするような表現の技術を駆使して発信されることもある。

感情を煽る文のパワーは(是非は別にして)確かに大きい。法律の文章みたいな文体では、フツウの人は動かないということもわかる。それが商品なら、思想より即物的だけど、公共広告だと発信元の思想のおしつけになりかねない。

フリーとしての広告の仕事は、自分にとって趣味みたいなものでありたいし、公共広告は中でも趣味的であるほうがいいのかも?
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by nanaoyoshino | 2010-06-02 22:27 | hundreds of days off

過激?軽すぎ?

「公共広告機構」とかの公共広告って、帽子かぶった幼稚園の子供がにっこり笑って、「ゴミのポイ捨てはやめましょう」みたいなイメージですが、この「人身売買をやめましょう」の広告は、まあ、海外の公共広告一般に過激が普通ということをさしおいても、過激な方だと思う。

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ここに挙げた写真みたいな、なんと言ったらいいか、熱くない過激さが好きだ。これは、ビジュアル表現だからできるのかな?海外公共広告だからできるのかな?(日本では過激な広告はクレーム対象になるとか)

今私が他の方たちといっしょに作っている公共広告は、過激でショッキングな事実をクローズアップする、という海外の手法とまったく違って、日本人向けに「カワイイ」アプローチになった。日本の若い層には、拷問や虐殺などはつまるところあまり「関心もたれない」と考えたからでもある。

Vに見せて感想を聞いたら、シリアスな事実をこんな軽くするなんて、まるで理解できないと、言われてしまった。(できたらアップします!もうすぐです!)

(人身売買=Human trafficking 「traffick」は交通・売買・運輸 http://www.advertolog.com/amnesty-international-promotion-against-human-trafficking/print-outdoor/woman-in-a-suitcase-340830/)
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by nanaoyoshino | 2010-05-31 22:43 | hundreds of days off

小さい舟に揺られて

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(新年にあたり、「ブログ楽しみにしています」というメッセージを個人的に多くいただき、どうもありがとうございます。

しばらくはブログについてふりかえって、前回中国のことを書いた続きは、この次書くつもりです。

なおこの記事長すぎたので、後に以下、何回かに分けてみました。)



1年ほど前に会社をやめてしまった。
それで「hundreds of days off」 (オフの日がいっぱい)というふざけた名前の(笑)
カテゴリーを作った。

まあやめる、やめたと騒いでも、冷静になってみると世の中主婦の方や、代々自営業というように会社に属さない人はゴマンといるわけで、たいした決心でもないな。

ただ、Vには、経済的自立を、あたりまえに期待されるような気がする。

日本でも最近の若い男性は妻に職を持ってもらったほうが、経済的にラクだから仕事やめないでね、っていう人は多い。

特別なことではないけれど、
組織に属さない自分。

小さな小舟にのって、大波を揺られてるよう。
慣れないせいか、気が小さいせいか、
ついつい、真剣になりやすい。

でも、「オフ」なんだから、真剣になるのは
そろそろやめなければいけませんね。


<写真について> 私とVがいつも行く私たちの庭とも呼べる武蔵野の丘(イギリスの丘に似ているので、勝手に「イギリスの丘」とも呼んでいます)から撮った富士山。(「国際結婚夫婦のごはんと庭」
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by nanaoyoshino | 2010-01-02 13:55 | hundreds of days off

まん中でない空の下<Advertising Peace Project-6>

私も10案くらい企画を出しアートディレクターも同じくらいの案をデザインにまとめたのに、使ったのは1案だけだった。

私のは字だけだけど、彼のはデザインとして完成度が高いすべての別案を自らボツにしてしまった。

Vの実家から帰ってアイデアを交換するため、アートディレクターのいる会社に行くたび、うちあわせが最初は社員用カフェ(広告代理店なので、食堂って感じではなかった)、会議室、オフィス内ブース、彼専用デスク、とだんだん彼の仕事の現場に近づいていった。物理的な距離に比例して、この人との心理的なしきりもだんだん低くなった気がした。

過去に知人もいない外国で1人でインターンの職を探したたことがあるそうだ。Vの実家にいる間、Mと英語でやり取りするメールが飛び交ってるのを見てたけど、ふうんそうだったんだ。

Mと一緒に、私たちの課題について第一人者である専門家のところに取材に行ったことがある。アートディレクターも来たがったのだが、仕事で来れなかった。Mと2人で駅までの道を歩いたとき、東京のまん中から離れた空の下、空気がきれいで気持ちよかった。

Mは日本についたとき研修で友達になった人たちが今は地方に行ってしまって、あまり会えないと言っていた。私も外国にたった1人、知人もなく出かけて行った経験を共有している。アートディレクターも。

アートディレクターとの電話のやりとりは、週末が多かった。日曜日彼の自宅に電話したら、小さな子供(彼の子供)の声がすごく近くでやかましく聞こえてた。

また、彼らと会えるかな。
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by nanaoyoshino | 2009-12-04 00:51 | hundreds of days off

寒い日にみんなで<Advertising Peace Project-4>

もともとMは、戦争で分断され内紛状態になった彼の国の人びとの気持ちをひとつにする広告を作りたがった。彼が提案したのは、彼の国にある世界的に有名な歴史的建造物をモチーフにする案だった。彼はその歴史に誇りを持っている。

最初私もアートディレクターも、そのモチーフで何案か考えた。
その案は、このプロジェクトの主催者とうちあわせをしたら、高尚過ぎるのではと言われてしまった。生死にも関わるような戦争の生活の中で、歴史的建造物をいちいちふり返ってる余裕はないよ、と。

そんな状況に東京の真ん中で思いをはせるのは難しい。だけど、戦争中でも関心をもってもらうためには、一瞬で気持ちがふっとそこへ行くようなモチーフでないといけないね、という話になった。それに広告は、高尚な人たちを相手にするものじゃない。理論なんかじゃなく、人間共通の感覚に訴えるものが合っている。

紆余曲折を経て最終的に残ったモチーフが、Mの国の伝統料理のモチーフだ。現地の人が冬の寒い日に、家族や近隣の人と、みんなで囲んで食べるという、Mの国の鍋。
彼の国の資料を選ぶ時、なるべく政治経済よりも、生活感のあるものを選んだら、その料理の写真が載っていた。

Mの同国人の友人にも話を聞いたのだけど、色んな人種や宗派がある彼らの国でも、そういう違いと関係なく食べられている、人気のある家庭料理とのことだった。

一度この料理を撮影すると言う話になったとき、Mの友人に聞いた。
「奥さん、この料理作れる?」
「作れない。でも実家の母なら作れる」
では、私が作ってみようということになり、レシピをMがネットで検索して送ってくれた。

Mの友人にそのレシピについて聞いたら、「ぜんぜん違う」と声を荒げる。Mは納得して送ってくれたので、地域や民族によって具材がかなり違うということだ。ちょうど日本の伝統的な、地域ごとで異なる鍋料理みたいに。

戦争を終わらせる武装解除のプロセスも、いろいろあるのかもしれないけど、儀式として銃を燃やす(銃の金属部は燃えないが)という場合があるそうだ。
できあがった広告では、銃を燃やす火が、鍋を煮る火になっている。
<つづく>
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by nanaoyoshino | 2009-12-01 01:00 | hundreds of days off

Mの国、Mの気持ち<Advertising Peace Project-3>

最近いったん終わった平和広告を作るボランティアのプロジェクトは、
まず課題を紛争国から来た者(私のポスターはM)が決めるところから始まる。

M(仮名)は、穏やかな人だ。くもりのないまなざしは純粋そう。

Mと、やはりボランティアで担当してくれたアートディレクターと3人一緒に会ったのは、ある夏の日、一度だけ。Mの住む郊外の駅前のコーヒーショップで、私はアイスコーヒーを注文した。

私のコピー3案くらいと、アートディレクターのビジュアル案3案くらいについて、
「あなたの国の人だったら、このポスターどう思いますか?」というのが、Mへの私たちの問いだった。
「女人禁制の場所」など、関連記事を過去に書いています

その後私はVの実家のある英国に何週間かいて、帰国してから私も10案くらい新たな企画を立て、アートディレクターも新たに10案近くを、美しいデザインにまとめた。

結局使ったのは、戦争がテーマにも関わらず彼の国の伝統料理を扱った、1案だけだった。

私の企画案・コピー案についての、Mからのメールには「not good」という言葉がよく現れた。メールはけっこう、ズバっと、直球。

いったん「perfect」とか書いておきながら、そう書いてあったからこそ、その案ですすめてたら、ギリギリの段階で「not good」とかいうメールが返ってきて、あわてて会いにいったりしたことがある。

なんとか折り合いをつけてポスターは完成した。
展示室でポスターの横に貼る説明としてMにコメントを書いてもらった。

「not good」というメールをもらい続けたので、彼はこのポスターを気にいってないのではと不安だった。

展示前にメールで送られてきた、Mが書いたその説明を読んで驚いた。

彼の言った言葉を、私がそのままポスターに書いたかと思えるほど、このコピーを書いた私の気持ちは、そこに書かれた彼の気持ちだった。またそこに補足として書かれた、自国の紛争についての文には、彼の穏やかなまなざしからは想像もつかない、戦争状態の自国への苦悩がつまっていた。
<つづく>
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by nanaoyoshino | 2009-11-30 00:41 | hundreds of days off