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イギリスの暮らしぶりとデンマーク

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イギリスに留学で来た15年前、
歩いている人たちのみなりがみずぼらしかった。

週末は若い夫婦連れが大勢街に買い物に来ており
20代と思われる母親は髪はボサボサ、
擦り切れたブラウス、
乳飲み子がいるのにタバコでだみ声と
荒れた感じ。

ところが大学に一歩はいると
男女ともモデルか?というくらい
カジュアルなのにかっこいい雰囲気の、
美男美女が隣にいて。

ああ、容貌ではなくて一定の資産があって、
ファッションにお金と時間をかけられるかどうか
の違いなのね!と思ったのを思い出した。
(当時は大学に入る人は一握りだった)

イギリスの労働者階級の暮らしぶりについては、
Vのおじさんから聞く昔は
公害で汚れた街と空気、長時間労働で
生活はきりつめてもぎりぎりだった。

たとえば私がホームステイしたことのある2つの家はどちらも、
とても小さく家具は悲しいほど安物で、
かつて訪れる前イメージした豊かなヨーロッパとは対照的だった。
もっとも驚いたのは、私は彼らにとって
たんに都合のいい収入源でしかないとわかったこと。

ただもちろん経済だから景気に左右されて、
いつでも同じ印象というわけではない。
たとえば数年前の金融ミニバブルのときは一瞬、豊かだったけど、
その前後の不況時は当時の日本より豊かではない。

数年前、北欧に行った時、北欧=モダンデザインということばかり雑誌で紹介されて、なにやらすごいかっこいい人や家ばかりかと思っていた。

日本にいると税金は高いけどゆりかごから墓場までの「福祉国家」
みたいなことだけ聞くけれど、行って見た印象はかなり違った。
(確かにモダンでハイレベルなインテリアデザインがあちこちにあったけど)

北欧って言えば金髪で背の高い美男美女という偏見も持っていた。
けれど、最初コペンハーゲンに着いて目抜き通りらしいところをぶらぶら歩いて、誰もそういう人を見かけなかった。

金髪で背が高い人は多いけど、半数以上じゃないし美人でもない。

そういう偏見は、以前南欧を旅行して電車で同じコンパートメントだった旅びとが、北欧から来たグループで長い金髪で背が高かったことから来た。

でもその後コペンハーゲンの空港で乗り継ぎで長時間ぶらぶらしていたら、空港のデンマーク人らしき人々がそろって美男美女だったので、これは容貌ではなくてやっぱり資産の違いでは?という気がしてきた。背だとか髪の色はさまざまだったけど、美醜の差も装いにかけたお金や関心の違いが大きいのだと思う。

デンマークは発展途上国ではないが、一般的に発展途上国では飛行機に乗ってるのはお金持ちだ。

そういえばコペンハーゲンでワーカーズ・ミュジアムというところに行った。

労働組合本部の建物を利用して、デンマークの労働者階級の生活や仕事、歴史を再現した博物館。

Vが言うには、イギリスの労働者階級の家や暮らしぶりと寸分違わない感じ、だそう。
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by nanaoyoshino | 2012-06-15 20:26 | hundreds of days off

イギリスの小さな古い街

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プレミアリーグ(イギリスのサッカーの試合)に行ったと書いた、スタジアムのある街のあたりを、私はとても気に入ってる。

小さな街なので、歩いて数分で街のすべてがある。
しかも共存なんてしそうにないものが。


スタジアムはゆるやかな丘の中腹にあって、
丘の上がバンド用スタンドの再生建築と
大きな池もある200年くらい前からの公園。

公園と反対側は、中世以前の石の城壁に沿って、
極彩色のネオンサインが並ぶチャイナタウン。

ここの風景が特に私にはシュールに思える。

チャイナタウンの隣はやっぱり古くからあると言ってもたぶん数十年前からの長距離バスのターミナルで、あんまりお金のない旅行者と大型バスが出入りする。

バスターミナルから丘を下ると街の中心部の広場があり、広場から坂をさらに下れば、大きな川のquay(埠頭)に出る。

このあたりにはたくさんの橋と、中世からあるパブもいくつかある。

新しい跳ね橋がある。

橋を渡っただけで、川の向こうは違う町になる。
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by nanaoyoshino | 2012-06-15 01:32 | hundreds of days off

お年寄りに席をゆずるのは、東洋の専売特許?


お年寄りに席をゆずるのは、東洋の専売特許だと思っていた。
日本とか韓国とか中国は年配者をうやまう儒教的な伝統があるからと。

そうでもないらしいことに、ロンドンで気づいた。

前回ロンドンの地下鉄で私の目の前に立った、お年よりと言っても60代後半くらいの女性1人に、なんと同時に3人もの若者が席を立ってゆずろうとした。

ロンドンのど真ん中、たしかナイツブリッジのあたりで。女性は感謝して一番近くの席に座った。

ロンドンにいた数日間×複数回、ほぼ毎日、若者が年配者に席をゆずるのを目撃した。

日本では、こんなに頻繁に見ない。たんなる偶然?

もちろん、ロンドンは人種が多様でゆずられる人もゆずる人もいろんな人種かもしれないが、たまたま目にした人たちは見かけからは、どこにでもいるイギリス人だった。

ほかの都市では以前グラスゴウのクリスマスの前、プレゼント商戦で混んだとき以外そんなに満員電車に出会わないからわからない。

私も席をゆずることが、なかなかできないダメ人間。とくにサラリーマンやってたときは、ダメだった。

言い訳であるが、朝も夜も毎日くたくたでしかも長距離通勤だったので、
席を確保できたら、もう心の中は叫びだしたいくらいうれしかった。

これでやっとぎゅうぎゅうまわりから押されなくて済む。
駅で人が入ってくるたびに、自分の居場所を確保しなくて済む。
押されるたび、自分のかばんがひっぱられないよう抱えなくて済む。
何よりゆっくり本を読んだりうたた寝ができる、と。

そんなとき、年配者が目の前に押し出されてくると、
自分の疲労感と目の前の人のを比較し、
自分のほうが疲れていると判断したらゆずらなかった。
たとえお年寄りであっても。

または、次の駅に着いたらゆずろう、と思っているうちに数駅過ぎてしまい、相手が先に下りてしまった。

サラリーマンやめてからは、通勤で立ちっぱなし、電車でくたくたということがまずないので席をゆずることができると、まわりで席ゆずりが連鎖することがある。

向かいに座ってた人が別の老人に席をゆずったり、隣の人が私のゆずった老婦人の夫と思われる人にゆずったり。

親切というのは伝染するらしい。

相手が誰であろうと、自分のゆずれる何かを差しだす。

そんな社会なら、みんな少しは生きやすい。

こんな単純なことが、これほど難しい。
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by nanaoyoshino | 2012-06-11 03:26 | hundreds of days off

イギリス女性の微笑

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切符を買おうとして列に並んで、同じように並んでいる人とふと目があったときや、
図書館で本を手にとっている際なんとはなしに顔を上げたとき。

そばをとおりがかった女性が、自分に微笑みかけているのに出会う。

微笑むといっても口を開かず口角をちょっとあげる程度。

最初の頃は、この微笑にすごく戸惑った。

なぜ微笑まれているのかさっぱり見当がつかなかった。

たくさんの「why?」が並んだ。

わからないから、微笑み返せないという罪悪感。

見知らぬ者どうしの微笑は、男性にたいていも交わされることがある。
ただし店でお金を払った男性店員に微笑むとか、女性どうしよりも具体的なやりとりがあったときだけ。

あらゆる女性が常にそうだというより、身なりの悪くない人、
どっちか言えば教養がありそうな人、貧乏でも楽しそうな人など、
普通だけど気持ちに余裕がありそうな人が微笑む。(ような気がする)

、、、まったく見知らぬ者どうしなのに。

でも、やりとりもなくたんにとおりがかった女性から男性へ微笑んだり、
男性同士で微笑んだりはしない。

基本は異性間ではなく、女性どうしだけ。
という暗黙のルールが存在する。

もし男性へ、買い物など明らかに共有するシチュエーションがないとき微笑むは、
別の意味を持つ、とはイギリス女性から聞いた。

天気がよく気分がいいときに、外でやはり気持ちよさそうに
散歩している女性とすれちがい目が合うと微笑む。

かわいい犬だなと街でふりかえったら
飼い主と目が合ったときその人が女性なら微笑む。

ちょうど、日本で女性が見知らぬ人の子供に微笑みかけ、
それから子供の母親にたいしても微笑むように。


たぶん微笑みは警戒なしのメッセージで、子供はどこの世界でも警戒する必要がないから。

イギリスの女性同士が微笑むのは、その感じに似ている。

でも、子供のかわりに犬や天気や同じ店、もしかするとただ同じ駅で同じ電車を待っているなど、何かものすごくささいなことがきっかけで微笑む。

ほかの国では、魅力的な女性に男性が微笑みかけてきたりすることはあるだろうが、
見知らぬ女性どうしがたいした意味もなく微笑むのは見たことがない。

日々の生活にせいいっぱいの途上国なら、同じ村の家族みんなとこんな微笑を交わすのかも。

でも街ですれちがっただけの見知らぬ女には微笑みかけはしないだろう。

こんな習慣はやや特権的で貴族的な感じがする。大英帝国の時代から数百年の経済的恩恵に恵まれた人々だからだろうか?

それでも、いつしか自分がされているうちに、自分からなんとなく女性に微笑みかけている。

もちろんいやだなという気持ちを持った相手には微笑したりはしない。

見知らぬどうしでも同じシチュエーションで親近感を抱いているとかに
互いにたまたま目が合うと微笑む。特別なメッセージはなくても。

相手から微笑を返されれば、ふんわりやさしい気持ちになる。






ちょっと脱線
笑うのは人間だけじゃなかったんですね。 
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by nanaoyoshino | 2012-06-06 02:27 | hundreds of days off

どこにもない平凡

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What about taking a walk to the port?
港まで散歩しようか?
You mean by that bloody bus?
あのばかげたバスで行くの?
(笑)Laugh
あ、私イギリス人みたいな言葉遣いした。
Did I speak like British?

「ばかげた」をイギリス英語では"bloody "と表現することが多い。
あんまり上品な英語とは言えないので仲のいい間柄だけで使うこと。
アメリカ人との会話でこういう語を使うと苦笑いして「イギリス英語」だと指摘される。
普段着の英語ピックアップ----------------


前々回若い友達が書いてくれたコメントで結婚相手についての自分の10代の頃のイメージを思い出した。

10代の頃自分の結婚相手はどんな人だろう、って考えただけで胸がつぶれそうに期待と不安を感じた甘酸っぱい気持ち。

今覚えているのは、当時なんとなく、
相手は
まるで遠い世界の人のような自分の想像をはるかに超える存在か、
そうでなきゃ
世間のどこにでもいる平凡そのものの男性、
どちらかなんじゃないかと思った。

まさか1人の人間が両方兼ねる、ということは想定してなかった。

今日たまたま横浜に行ったら、結婚式場のショウウインドウにロマンティックなウェデェングドレス。

ウェディングは女の人生のクライマックスだと思う。あんなドレスきてウェディングしたかったな、、、だんながしたくないと言うのであきらめてなんにもしなかった。

「あんたは私の王子様かしら?白馬に乗ってやってきたのね」って冗談で聞いた。

その冗談の発端は白馬か知らないが子どもの頃近所で馬に乗ってたという話を聞いたから、自分のじゃなく牧場で貸し馬を借りてだが。

反応は秘密にしておこう。
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by nanaoyoshino | 2012-05-31 04:07 | SimpleLife/普段着の英語

英国でタダで”プレミアリーグ”を観戦したら

だんなの大好きな例のチーム前回参照の試合に行ったことがあるのだった。

このチームは私の母の田舎同様、とっても地元ファンのサポートが熱いチーム。ココね
なもんだから、長年「シーズンチケット」という年間パスポートみたいな高額のチケットがあっという間に売る切れるそうで、めったにチケットが手に入らず、だんなも数えるほどしか試合に行けなかった。

だんなの親戚のこのチームのファンがたまたま仕事で出張となった日、フットボールファン友達がまたこれもたまたま入院して試合観戦に行けなかったので2人ぶんのシーズンチケットが余った。だもんで私とだんなにチケットが回ってきた。

もちろん、だんなは常日頃から何気なく「いや、あのさあもしも何かで試合に行けないとかあったらさあ、僕何かお礼するからさあ」などと意思を親戚にはっきりさせていた。

私も同様でだんながこれほど夢見ている試合に一回くらい行ってどんなものか見てみたかった。だから親戚に会ったとき「もしあなたのいつも一緒に行く友達が忙しくて行けないとかあったら私も」と言っておいた。

だんなはいっぺんに2人が行けないことなんてまずないよ、って言ってたのにすぐそのチャンスがまわってきた、やはりこういうことはあらかじめ言っておくべきなのだ。

なにしろ住民の半分くらいはこのチームのファンと言う土地柄だから、ほかの親戚に「僕は一度も彼からシーズンチケットをもらったことないのに」って、ファンでもない私が試合に行けたため嫉妬されてドキドキした。

スタジアムでは、まわりの地元チームのファンはほとんどシーズンチケットで来るので、いつもと同じ人たちがまわりにいた。だんなが以前来たときは地元チームが大勝利で、ふだん来ないだんなが「おまえさん勝利の女神でねえか?」的なもてはやされ方だったらしい。今回、私が勝利の女神になるかどうか、、、とだんな。

ところが、それほどのコアなファンにはさまれた私は完全に浮いてしまって、進行を確認する質問をしたり、試合自体に冷めた意見を言うたびまわりのファンに殴られるんじゃないかともうビクビクもので。

日本の野球の試合にはなんどか行って一部の真剣なファンが、実際に目の前で殴りあい始めたことはあったけど、このときのフットボールの試合ほど、全体が真剣だったことはない。

試合では無残に負けた。相手チームはエヴァトンで、ここにはなぜか勝てたことがないんだな。

終わったときは負けた側全体が沈うつムードだったけど、ビックリしたのはまだ完全に終わる5分くらいまえにすでに帰り始めた人が多かったこと。5分で大逆転、ってあまりないけど絶対ないわけじゃないのにって、この日は実際なかったけど。皆さん怒りのあまりか?

フットボールの試合は、まるで観客の怒りのはけ口みたい。

勝っても負けても、真剣すぎる表情と闘争心まるだしのボディランゲージが殺気立っていた。だんなの親戚もだんなも、ふだんみんな一見おだやかそのもの、ジェントルマンなのに、なぜあの雰囲気になじめるのか。
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by nanaoyoshino | 2012-05-28 00:46 | hundreds of days off

あの頃ベースボール、今フットボール

初めてイギリスに留学して語学コースというのでイギリス文化について議論させられたとき、あまりにスポーツに無関心すぎる私は、「イギリスで人気のスポーツ」として、フットボールのつもりがいつのまにか、「ベースボール」と呼んでいた。それで議論で組んだ日本人のほかの留学生が、「イギリスってベースボールが人気って、ほんと?フットボールじゃない?」と言われてはじめて、あれ、って思ったほどだった。

もちろんイギリスではサッカーはサッカーと呼ばれず「フットボール」。うちのだんなはフットボール好きで、最近プレミアリーグが終わってしばらくは楽しみがなくなったと嘆いている。

近頃じゃあまりに長い時間だんなのフットボール話を聞かされて、毎シーズンのプレミアリーグの順位を空で言えて、どうやってその順序にたどり着いたか経緯までわかっているようになってしまった。各チームの監督の名前だって半分くらい言える。

自分の出身地のチームを応援しているがうちにはテレビがないので、試合中ライブでネットにどんどん書き込まれるプロのコメントをチェックする、しかもプレミアリーグなり、チャンピオンズリーグなり、フットボールの試合があるときはほぼ必ずチェックする。

っていっても同時に進行している試合を、何人かのコメンテーターが、この試合では今こんなことが起きている、とかコメントしている(のだと思う、私はチェックしてないから詳しくはわからないけど)。だから自分のチームの試合を逐一チェックできるわけじゃなさそう。ただ右のほうに全チームのスコアが示されます。

でもテレビがないから(ていうかフットボールはなんだかすごいビジネスマネーが動くようで、プレミアリーグは有料の衛星テレビでしか、イギリスでも見れない)コメントだけでやむをえず満足している。でそのようすをまた聞いてもいないのに、私にいちいち説明してくれる、しかも試合があるシーズンは毎日だ。あんまりちゃんと聞いてないけど、聞いたふりをして、ちょっとでもあいづちに質問でも加えようならたいへんなことになる。説明がだらだら続いて終わらなくなるので自分がやっていたことをいったん中断するか相手を中断するはめになることも。

でもたまにコメントを見て、100%何が起こってるかわからないのもおもしろいな、って思う。言葉だけでしかもコメンテーターが関心を持ったことだけしか書かれないのが、かえって想像力がふくらんでドキドキして読める、って感じたこともある。

私はずっとスポーツ音痴だったし、父は、母の田舎で地元チームの野球をラジオなんかで聞いてるおじさんたちが大嫌いで、何がおもしろいのかぜんぜん理解できないと言っていた。だから10代の頃近所の喫茶店で隣のパチンコ屋から流れてきた常連の男の人たちが毎日、共通で最大の関心事である地元の野球チームの話をいつまでもしているとき、「こういうくだらない男とは絶対に結婚しない」となんとなく心に誓っていた。人間はもっと高尚なことに関心を持ち時間を使うべきだと思っていたのだ。

中高年と呼ばれる年代の今、街で若い女の子が「こんな彼がいい、こんな人と結婚したい」って夢中でしゃべってるのを聞いても、実際には正反対の人間(私が喫茶店で感じてた頃と)と結婚しても案外関係ないものだなあ、と思う。
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by nanaoyoshino | 2012-05-24 23:03 | hundreds of days off

放浪と計算

親戚のイギリス人で、リーズで小学校教師をしてきた女性と話したことがある。リーズはジプシーの多い地域で、彼女のクラスにもジプシーの子どもが多かったと言う。

彼女は個別訪問でジプシーのキャラバン(トレーラーハウス)に行くこともあった。ジプシーの子どもの親とも仲良くなったけど、最初訪れたときはすごく警戒されてると感じたそう。でも何回か訪れるうち、親しくなっていき信頼されてると感じたと言う。

彼女が担当した子どもの1人は数学の「天才」で、家庭を訪れるうち、子どもが家の会計を担当していて、それで数学が得意なのだとわかったと。

偶然かもしれないけど私のフラットメートも、数学の博士課程の学生で、フラットに住む6人の光熱費電話代の会計を1人で受け持っていた。

国を超え放浪する民と言えば、ユダヤ人、中国人、ロマ。放浪の民はどちらかといえば警戒心が強く、元来職業としては身内的な自営業などが多いように思う。少数派になりやすいから差別も受けやすく、仲間に入れてもらえないから自営業のような自分でできる小規模な事業を子どもも親も家族ぐるみで運営するということか。

ただしロマが放浪の民といっても好きでやっているという人は、すくないようだ。どこへ行っても迫害されるから、転々とせざるをえないのがふつう。

私のフラットメイトの場合は、数学が得意というだけでなくお金の計算にとても厳密だった。ボランティアでめんどうな仕事を受け持ってくれたので感謝しなければならないけど、私が帰国した後も、請求と帰国でずれた日にち分の請求書を細かく送ってきたので、現地通貨に変えてイギリスまで送金しなくてはならなかった。

そういや私も会社やめて自営になってから(貧乏で)、計算ばっかりしてる。





追記

前回のを呼んだ挙句けっきょくロマとはなにか、わからなかった人、ごめんなさい。

ジプシーとは、定住せずジプシー生活を送る人で自分をジプシーだと思っている人。

ロマとは、インドを起源としてヨーロッパ中心に広く世界中に散らばったジプシーでやはり自分をロマだと思いロマの言葉を話す人のことを指す。(だからロマはジプシーに含まれる。)

Roxy Freemanは、片親がロマの先祖を持つのでロマと言えなくもないが、自分をジプシーと思っていてもロマと思っているようすもないのでその意味ではロマではない。

イギリスのジプシーは、彼女の母(ぜんぜんジプシーと関係ないアメリカの資産家の娘なのにジプシーの生活を自ら選んだ)のように起源がロマではない人が含まれ、このような人はロマではないと考えるのが一般的。

とはいえ場合によってはロキシーの母のような新参ジプシーも、起源と関係なく、ロマとしてとらえらることもある。

このようにジプシー、ロマの定義は専門家でも何ページも費やして説明する必要があるほど、世界共通の絶対的な論がなく混乱しがちなもよう。

このことこそがナチスによる虐殺を初めとして、ジプシー差別を処理できていない背景という。
(ユダヤ人虐殺と違って、ロマは虐殺による補償をドイツから受けてない)
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by nanaoyoshino | 2012-05-03 03:04 | hundreds of days off

ジプシー、ロマ

イギリスで学生をしていたときに、同じフラット(1フロアのシェアハウスのようなもの)に住んでるイギリス人の男の子が、自分の実家と家族の写真を見せてくれた。別に私がとくに仲がよかったわけじゃないから、たぶん誰にでも見せてたんだろうと思う。

それは家じゃなくてキャラバンとか呼ばれる、移動式の家というか、大き目のクルマというかそんなふうなものだった。キャラバンの横のひもに吊るされた洗濯物がいっぱいでやけに目だってた。家族の姿はよく覚えてないけど、妹だか子供たちが映っていたような気がする。キャラバンはたくさん、空き地のようなとこに留まってた。

最近ボランティアの仕事で記事を書いていて、ヨーロッパのジプシーのことを調べていた。もともと他の人が書く予定だったのが、彼女が忙しくなって、私はそのときイギリスに滞在していたので、その彼の記憶もあり、(彼の居所は今ではわからないけど)ジプシーのことなら書きやすいかなあと思い「私ヒマですから書きますよ」と名乗りをあげたのだ。

彼女は、日本の文献を調べれば調べるほどジプシーとは誰なのか、わからなくなるっていうふうなことを言っていた。それに加え本業でとても忙しくなってしまったのだ。

私はそのボランティア団体の本部がイギリスなので、帰国前に寄ることができるようジプシー問題担当者にアポイントをメールでとって、彼女の疑問を聞いてみた。

彼はちょっと、別世界から来た人でも見るみたいな反応で私を見た。事実、ジプシー問題のおそらく現場に関わっている専門家のような人から見れば、ジプシーっていったいどういう人ですかね、って質問するアジア人は別世界から来ている人なのだろう。

ちなみにジプシーというと差別のニュアンスを感じるジプシーたちが多いと言う。歴史的にジプシーは、想像もつかないほどの差別をヨーロッパで受けてきたのだ。それで研究者や国際団体などではジプシーでなくロマと言うのがふつう。

担当者は、私に会うなり「30分だからね、いい?」と言った。はるばる百キロ以上も遠くのど田舎からやってきたなり言うんだからね。でも、意外に1時間近くジプシーをどう定義するのかの話は続いた。

私の拙い英語で解釈できた限りでは、イギリスのジプシーの多くはロマではないちょっと違う存在であること、あと、ロマは自分をロマだと認識し、ロマ特有の言葉を話すこと、それがロマの定義に関する彼の主なポイントだったと思う。(ジプシーはロマを含む)

少なくともジプシー問題担当者には、ジプシーが誰であるか明らかだった。その彼を目の前にすると、私にも実在のジプシーがなんとなく目の前に具体的に見えるような気がしてきたが、あくまでもそれは私が短い間とはいえ同じフラットで暮らした男子学生のイメージがもとになっていた。

日本の彼女が、ジプシーとは誰なのかわからないという、それはジプシー自身によるジプシーの本がなく、第三者の本がほとんどだと言うことと関係していたのではないか?私もイギリスに行く前と帰ってからいくつかジプシーの本を読んで、彼女のいらだちが理解できた。だって読む本読む本、どうも話したこともない人びとのことを推測で書いているみたい。まるで霧がかかった視界でジプシーを見て語っているよう。

帰国後出版社の人から、イアン・ハンコックという人によるジプシー問題の本を借りて初めてジプシー自身による本を読むことができた。それで相当視界がクリアーになったように思ったが、この本はほとんどいわゆる差別問題の歴史的証拠をられつするという作業に限っていた。(この作者はそういう記事、書類をコレクションをしているよう)

Roxy Freemanっていう女性はイギリスのガーディアンっていうリベラル系新聞の記者をしていてジプシー問題というと彼女の筆によることが多かった。この人は自分がジプシーだと書いていたので彼女の本“Little Gypsy”の一部を読んだ。

知りたかったのは、ジプシーによるジプシーの生活だった。タイトルや書評からはそういうことが書かれているのかと思った。でも自分の両親のことや恋愛のことが主で、ジプシーの生活はあんまりわからなかった。というか、この人ジプシーかもしれないけど、伝統的なジプシーではない。両親の1人のひいおじいさんがロマらしいが、2人とも出自は普通の定住生活者の家族で、当時のヒッピームーブメントの影響もあって?あくまで自分からジプシー生活を選んだ。

正直、この人の自分史はあんまり楽しめず両親の話も型にはまっている印象だった。でも唯一今の段階でおもしろく感じたのは、この人のキャラバンで?火災があったときの記述。一晩中燃えるのを見ていたらしい。たいした持ち物もないから残念だけどまあいっかからだは無事だったしっていう感じで。

持ち物がないっていうのはこういうことなんだ。どこにでも行ける。何も持ってない。うまく言えないけど私はいつでもそういう状況に憧れがある。

著者の家族のジプシー生活はじっさいに30年以上続いていたわけだから事実には違いない、ただ、ジプシーの多くに共通する生活感覚とはたぶん(最後まで読んでないから断定はできないけど)ほとんど関係ない話だった。

著者Freeman(本名?)の両親は、生まれた子が死産だったとき役所に知らせず埋めてしまって警察から取調べを受けた。その例が示すように、著者の両親は世の中のきまりやしがらみを避けて、自由きままに生きていた。

楽しくステキな暮らし。でも何百年も差別され、ナチスに皆殺しにされ、ゴミ捨て場にガラクタを組み立て自分でこさえた家すら、ブルドーザーでつぶされるロマとはぜんぜん違う。
(今の時代にヨーロッパの各国で、フランス、イタリア、イギリスでもブルドーザーでジプシーのキャラバンや家がつぶされている、ほんの数ヶ月前もイギリスでニュースになっていたけどほとんど世間からの同情もなく、なんでこんなことがニュースなのといった反応が、広い差別を表している)

「あっちのジプシーといっしょにしないで」というジプシーが多くて、ばらばらだから政治的な発言も権力もなくジプシーとは何か、ヨーロッパでも明確にわかっている人が少ないというのはこういうことなのか、っとこの本を読んで改めて感じた。
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by nanaoyoshino | 2012-05-01 02:30 | hundreds of days off

お葬式のこと


カトリックでは遺体を棺に入れてそのまま墓地に埋める。映画ではよく見たが初めて実際に立ち会うと何もかもが自然なことのように思えた。つい先日のように、今は棺に眠るVのお父さんと、若くして亡くなったVのお母さんのお墓参りをしにこの場所にたたずんでいたたことまでが。

Vのお父さんが、洗礼、結婚など人生の節目となる儀礼を行った教会では、棺が祭壇に運ばれた以外、まるでふだんのミサのようだった。神父さんがVのお父さんの生きた軌跡を短く話す前、「彼の人生を祝うためにお集まりいただき感謝します」と言った。

私もVもよく歩いた小道の入り口にある静かな墓地を私は初めて見たときから好きだ。昔炭鉱と港をつなげていた線路跡で、Vの実家があったところのすぐそばにある。墓室のようなものはなくて、穴へロープでおろした棺に聖水と土を、家族でかける。この墓地はもういっぱいで新たに墓が作られることは叶わないと聞いた。私が死んだらどこに埋められるのだろう。

墓地の近くのゴルフクラブのラウンジに親戚の人たち30人くらいで移動した。丘の頂上にあって緩やかな丘が連なるイギリスらしい風景が広い窓に一望でき、春のようなすばらしい天気の日だった。飲み物はカウンターで、食事は軽食が並べられて自由にとる立食形式だったので、みんな適当にテーブルを囲んだり移動して話をする。Vのお父さんの弟の一人と初めて会った。Vから犬が好きな人と前から聞いていたので、犬を今も飼っているかと聞いたら、その後は彼と彼の奥さんと、彼らが一番好きなジャックラッセルの話ばかりになった。
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by nanaoyoshino | 2012-03-05 10:30 | hundreds of days off