橋の写真橋の写真は、Vのお父さんのいる老人ホームの廊下に飾ってあった。橋のかかる谷はかなり深く、橋を支える柱の1本1本が、そのせいでどれだけ高いかはわからない。 Vのお父さんにどこか聞いたら、この近辺だけど遠くてとても行けないよ、とあいまいさの残る説明。インターネットで橋の名前を検索したら1枚だけ地図サイトに投稿された写真がみつかった。まったく何の説明もないものの、半野生の丘陵地帯が広がる風景の中で橋の姿は偉容を感じさせた。 地図サイトなので緯度と経度が記されていた。グーグルの航空写真でそのあたりを拡大しても真上から撮影されているので道路と橋の区別がつかず、行きかたはわからない。 ヒントは橋の影にあった。夕方撮影されたらしく秋なのか色とりどりの葉の色におおわれた森に、数百mにひきのばされた橋の影が映っていた。でもそれだけしかわからず、前回春に渡英したときは探すのはあきらめた。 今回Vといつもの散歩道を歩いているとき、きっとこの先なので、行ってみようということになった。 橋には意外にもすぐ行き着いた。Vが言うには子供のとき友達と来たときと違って、道がととのえられていて、ハイキングコースとスムーズにつながっているそうだけど、まず橋に着いて、自殺志願者を思いとどまらせる会の札があちこちにはってあるね、と言った。確かにLおじさんもこの橋の話をしたときああ、あの自殺で有名な、と言ってたっけ。 橋の下は川かと思ったら、もしかすると昔は川だったかもしれないけれど今はただ深い谷になっているだけ。橋の上を歩くとほとんど360度の景観が遠くまで見晴らせる。天気のよい日で、犬を連れた婦人や小さな子供連れの家族、サイクリストなどが行き来する。ただし橋の形は歩いてもわからないので、Vが洞穴に連れてってくれたとき側面から見た。 その後もう一度ネットで検索したら地元の人のブログで、とにかくこの橋というと即座に結びつくくらい自殺で有名で、そのため陰惨なイメージらしい。自殺以前に、この橋を造ったときも、死者が出るほど大変な作業だったという話は、Vのお父さんがぼそっと言ってた。 お父さんは最近ではもうどんなことを聞いても「その話はしたくない」というふうなとりつくしまもないことを言うけれど、洞穴の話をしたとき人口か天然かと聞いたら、谷の崖を崩して橋の土台を作ったので穴になったのだと説明してくれた。洞穴はまるで教会のドームのようにくりぬかれていて高い天井と相当な深さがあり、柱として残した部分が何本も並んで、そのすきまから陽がこぼれ落ちる様は荘厳さすらあった。 橋の形はローマ人が2000年くらい前に作った水道橋(水を通す橋aqueduct)がもとになっている。イギリスもローマ帝国の支配があったので、古い橋(人のための橋はviaductというらしい)のほとんどがローマの水道橋にならったアーチを描いた形をしている。べつに珍しいわけでもない。 (東京でこの形を連想させるのは、お茶の水の聖橋だと思う。イギリスの橋は聖橋よりアーチ型が細く積み重ねた石の文様が、歴史を語っているけれど。) まったく知らない外国人が見れば、高い橋からの景観が見事なだけでなく橋そのものもローマの水道橋のように非常に高くて柱が細く優雅な曲線を描いて、それはもう美しい。 その後Vのお姉さんのだんなさんにこの橋の話をしたら、「その橋なら自転車で何度も通ったことあるよ!サイクリストの有名なルートだよ!」と言う。彼は地元とは言えないので自殺の話はまったく知らなかった。 たったひとつの橋でも、渡ったときの環境や気持ちというのはそれぞれ違う。Vと私も橋をいっしょに渡っても、もしかするとぜんぜん違うことを考えていたのかもしれない。
by nanaoyoshino
| 2010-08-26 09:26
| hundreds of days off
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