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イケアの「男性預かり所」と、だんながイケアの話すると寝ること

以前、だんながサッカーの話を始めると、
終わらなくなって困ると書いた。

あの頃ベースボール、今フットボール

さっそく

「私は聞くふりもしない」

というコメントを女友達からメールでいただいた。

最近イケアの家具を買ったのだけど、
買いに行く前、
私がどの家具を買うか相談すると、
だんなはいちおう聞こうとはするのだが、
聞くたびにウソのように、
1、2分するとほんとうに寝てしまった。

私が「このベッドはね」とアイパッドを手に持って話しかけると、
椅子に座ったまま、すやすやと寝ている。

さっきまでネットのサッカーの記事を目をらんらんとさせて読んでいたのに。
「ちょっとー。起きてよ!」と
いったんは起こしても、
またイケアの話、家具の話を始めると
まったく自然に眠ってしまう。


ちょうど毎晩そんなことをくり返していた先々週あたりに、この記事を発見。

「IKEAのシドニー店に、「子ども預かり所」から学んだ「男性預かり所」がオープン」


「イケアが男性預かり所を開始」


「子ども預かり所」のかわりに、
いっしょに来ただんなさんや彼氏が、時間をつぶすところらしい。

奥さんや彼女がその間、思う存分
イケアでショッピングを楽しめる、という趣向。

「男性預かり所」では、やっぱり、男性はゲームしたりとか

サッカーのテレビ中継を見るほうがいい、ということらしい。

このサイト、冗談みたいな
こんな記事がときどき載ってるので
「これってジョーク記事だと思う?」と
原文をだんなに見せるが、
じっくり読んだ後、
「ジョークじゃなくってシリアス(本当)だよ、これ」とのこと。

「あんたもイケア行ったらこんなのあったらいいと思う?」
「うんうん」
「サッカーの記事読めるもんね」
「いいなあ、こういうの日本のイケアにもないかな」



だんなさんや彼氏を忘れておいてきぼりにしないよう、
連れの女性はアラームつきタイマーを渡されるらしい。

だんなは、タイマーの部分はいやな顔をした。

家具のほうが自分よりたいせつとは、思いたくないのか。



ここ3週間くらい、毎週だんなとイケアに行き、
やっと決めてきのうとどいたイケアのアームチェア。

だんなは、案外、楽しそうに組み立てていた。

座り心地も満点!



(実は、ウチはイケアのフックや照明、クッションなど組み立てなどは関係ない小物はあちらこちらに使っているが、家具を買うのはこれが初めて。組み立てとかサービスとか、使い心地とか、結構いろいろ驚きがあるので、これからもうすこし書くかも)
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# by nanaoyoshino | 2012-07-03 02:14 | チェック!

フェイスブック。日本と欧米の使われ方

フェイスブック初心者なので推測ですが。

メールが導入された18年くらい前、(その前はメールなんてなかった)アメリカ人の友達から、気に入った冗談を集めたURLがbccでしょっちゅう転送されてきた。

英語で冗談なんて、いまだにわかるわけない。(笑いのツボって、相当ローカルなんだな)

こんなん、しょっちゅう送ってくるなよー、って思った。

近頃はイギリス人の友達は、笑えるYou Tube動画のリンクだけ貼って「見てー」と、一言二言だけ添えてときどきメールしてくる。

動画なら、動作のこっけいさとかなら世界共通に笑える。

メールに変わってそういう情報が、欧米ではフェイスブックでひんぱんに転送されている気がする。

いっぽう日本では食べものの紹介とか、ミクシィやブログでやってた情報伝達が今、フェイスブックでされている。

ミクシィとフェイスブックの違いとは関係なくて、日本人にとって食べ物と欧米人にとっての食べ物は、なんか意識のうえでしめる部分が違う、と言ったらいいか。


たとえば、あっちの大学で論文を書くとき、引用は必須。

引用というのはただの引用ではなくて参照でもある。

自分が考えることと似たようなことは、絶対に過去に、誰かがすでに考えている。(千年前に書かれたものかもしれなくても。そのために文字がある)

過去の人が考えたのと同じことを自分が考えたことのように言うのは間違いなので、過去の人がこう考えたけど自分はこう考えるということまで述べるのが正しいとされている。

誰かの言ったことを引用する、(ネットの世界では「転送」にあたる)ということが、日本人にとってと欧米人にとって、やっぱりなんか意識のうえでしめる部分が違う、と言ったらいいか。それは冗談というユーモアのセンスについても同じなんだけど。

だから気に入った情報をただただ「転送」するということが、今はフェイスブックでされている、もしかしたら最初からそういうことが主な使われ方だったのかもしれない。(ような気がする)



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# by nanaoyoshino | 2012-06-27 11:17 | チェック!

ミクシィとフェイスブックはどう違う?

フェイスブック。
「ヒマなうちに使い始めよう」と思った。

次から次へと友達から友達へブラウズ。
「みんなどう使ってるのかなー」って。


フェイスブックの世界では、日本人もミクシィより国際的!!

ガイジンの友達がいる日本人の友達のフェイスブックをブラウズすれば、そのガイジンの友達は名前がガイジンで苗字が日本人の友達(ハーフ?海外に移住した日本人?)。

中国語やハングルは読めないので、日本人の友達の友達のアメリカ人からクリックしたらいつしかヨーロッパ人のページになっていた。

あれでも、フェイスブックでも案外、それ以上に情報公開してない人が多い。

30分くらいの間に30人弱ほどしか見ていないけれど、ミクシィよりもフェイスブックのほうがオープンかと思いきや、そうでもない。情報公開を友人に限って友人間のコミュニケーションに使用しているようす。

なんだ、実名原則以外、ミクシィと変わらない使い方なんじゃん。

日本人の友達のほうが情報公開をしてオープンな人が多い印象も。

フェイスブックの用語は、
「ニュースフィード」「ウォール」「タイムライン」とみんな、カタカナにしただけの英語なのに、「いいね!」だけ「ライク!」にしなかった。

でもミクシィとの大きな違いも、この「いいね!ボタンのような気がする。

押すだけで共感を伝えるツール。

とはいえミクシィが「タイムライン」だとか「いいね!」とか、最近はフェイスブックの用語を取り入れていてた。

同じにしたら存在価値がなくならないか?





両者のくわしい違いについては、以下の説明がわかりやすいと思いました。
Facebookとmixiの違いは? もう一度おさらいしてみる
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# by nanaoyoshino | 2012-06-25 01:32 | チェック!

ラブドール

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息していないな、って
7番目の写真*(この写真)で思う。

*ウェブギャラリー写真集
(もし飛ばなかったらURLコピーで。http://wired.jp/2012/06/13/laurie-simmons-lena-dunham-girls/)

であ、そういや、自分は生きている、
息してるってあらためて思い出す。

なのにこの写真の娘の何も見ていない瞳は、
生きている人の言葉以上にじょうぜつで悲しげ。



私も子供の頃から人形が好きで、
人形に人格を見て話しかけてしまう。

こういう性癖を「ネクロフィリア」*と言って、
死体愛好者と同じ呼び方をされることを、子どもじぶんに知ったときは
ショックだった。

人形と死体は自分にとって、まったく別個のものだったから。


死体と人形に関する記事。
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2839589/8047957

*(性的嗜好に限らない広義で)人形や死体に話しかけるといった倒錯的行為
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# by nanaoyoshino | 2012-06-19 19:56 | チェック!

イギリスの暮らしぶりとデンマーク

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イギリスに留学で来た15年前、
歩いている人たちのみなりがみずぼらしかった。

週末は若い夫婦連れが大勢街に買い物に来ており
20代と思われる母親は髪はボサボサ、
擦り切れたブラウス、
乳飲み子がいるのにタバコでだみ声と
荒れた感じ。

ところが大学に一歩はいると
男女ともモデルか?というくらい
カジュアルなのにかっこいい雰囲気の、
美男美女が隣にいて。

ああ、容貌ではなくて一定の資産があって、
ファッションにお金と時間をかけられるかどうか
の違いなのね!と思ったのを思い出した。
(当時は大学に入る人は一握りだった)

イギリスの労働者階級の暮らしぶりについては、
Vのおじさんから聞く昔は
公害で汚れた街と空気、長時間労働で
生活はきりつめてもぎりぎりだった。

たとえば私がホームステイしたことのある2つの家はどちらも、
とても小さく家具は悲しいほど安物で、
かつて訪れる前イメージした豊かなヨーロッパとは対照的だった。
もっとも驚いたのは、私は彼らにとって
たんに都合のいい収入源でしかないとわかったこと。

ただもちろん経済だから景気に左右されて、
いつでも同じ印象というわけではない。
たとえば数年前の金融ミニバブルのときは一瞬、豊かだったけど、
その前後の不況時は当時の日本より豊かではない。

数年前、北欧に行った時、北欧=モダンデザインということばかり雑誌で紹介されて、なにやらすごいかっこいい人や家ばかりかと思っていた。

日本にいると税金は高いけどゆりかごから墓場までの「福祉国家」
みたいなことだけ聞くけれど、行って見た印象はかなり違った。
(確かにモダンでハイレベルなインテリアデザインがあちこちにあったけど)

北欧って言えば金髪で背の高い美男美女という偏見も持っていた。
けれど、最初コペンハーゲンに着いて目抜き通りらしいところをぶらぶら歩いて、誰もそういう人を見かけなかった。

金髪で背が高い人は多いけど、半数以上じゃないし美人でもない。

そういう偏見は、以前南欧を旅行して電車で同じコンパートメントだった旅びとが、北欧から来たグループで長い金髪で背が高かったことから来た。

でもその後コペンハーゲンの空港で乗り継ぎで長時間ぶらぶらしていたら、空港のデンマーク人らしき人々がそろって美男美女だったので、これは容貌ではなくてやっぱり資産の違いでは?という気がしてきた。背だとか髪の色はさまざまだったけど、美醜の差も装いにかけたお金や関心の違いが大きいのだと思う。

デンマークは発展途上国ではないが、一般的に発展途上国では飛行機に乗ってるのはお金持ちだ。

そういえばコペンハーゲンでワーカーズ・ミュジアムというところに行った。

労働組合本部の建物を利用して、デンマークの労働者階級の生活や仕事、歴史を再現した博物館。

Vが言うには、イギリスの労働者階級の家や暮らしぶりと寸分違わない感じ、だそう。
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# by nanaoyoshino | 2012-06-15 20:26 | hundreds of days off

イギリスの小さな古い街

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プレミアリーグ(イギリスのサッカーの試合)に行ったと書いた、スタジアムのある街のあたりを、私はとても気に入ってる。

小さな街なので、歩いて数分で街のすべてがある。
しかも共存なんてしそうにないものが。


スタジアムはゆるやかな丘の中腹にあって、
丘の上がバンド用スタンドの再生建築と
大きな池もある200年くらい前からの公園。

公園と反対側は、中世以前の石の城壁に沿って、
極彩色のネオンサインが並ぶチャイナタウン。

ここの風景が特に私にはシュールに思える。

チャイナタウンの隣はやっぱり古くからあると言ってもたぶん数十年前からの長距離バスのターミナルで、あんまりお金のない旅行者と大型バスが出入りする。

バスターミナルから丘を下ると街の中心部の広場があり、広場から坂をさらに下れば、大きな川のquay(埠頭)に出る。

このあたりにはたくさんの橋と、中世からあるパブもいくつかある。

新しい跳ね橋がある。

橋を渡っただけで、川の向こうは違う町になる。
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# by nanaoyoshino | 2012-06-15 01:32 | hundreds of days off

お年寄りに席をゆずるのは、東洋の専売特許?


お年寄りに席をゆずるのは、東洋の専売特許だと思っていた。
日本とか韓国とか中国は年配者をうやまう儒教的な伝統があるからと。

そうでもないらしいことに、ロンドンで気づいた。

前回ロンドンの地下鉄で私の目の前に立った、お年よりと言っても60代後半くらいの女性1人に、なんと同時に3人もの若者が席を立ってゆずろうとした。

ロンドンのど真ん中、たしかナイツブリッジのあたりで。女性は感謝して一番近くの席に座った。

ロンドンにいた数日間×複数回、ほぼ毎日、若者が年配者に席をゆずるのを目撃した。

日本では、こんなに頻繁に見ない。たんなる偶然?

もちろん、ロンドンは人種が多様でゆずられる人もゆずる人もいろんな人種かもしれないが、たまたま目にした人たちは見かけからは、どこにでもいるイギリス人だった。

ほかの都市では以前グラスゴウのクリスマスの前、プレゼント商戦で混んだとき以外そんなに満員電車に出会わないからわからない。

私も席をゆずることが、なかなかできないダメ人間。とくにサラリーマンやってたときは、ダメだった。

言い訳であるが、朝も夜も毎日くたくたでしかも長距離通勤だったので、
席を確保できたら、もう心の中は叫びだしたいくらいうれしかった。

これでやっとぎゅうぎゅうまわりから押されなくて済む。
駅で人が入ってくるたびに、自分の居場所を確保しなくて済む。
押されるたび、自分のかばんがひっぱられないよう抱えなくて済む。
何よりゆっくり本を読んだりうたた寝ができる、と。

そんなとき、年配者が目の前に押し出されてくると、
自分の疲労感と目の前の人のを比較し、
自分のほうが疲れていると判断したらゆずらなかった。
たとえお年寄りであっても。

または、次の駅に着いたらゆずろう、と思っているうちに数駅過ぎてしまい、相手が先に下りてしまった。

サラリーマンやめてからは、通勤で立ちっぱなし、電車でくたくたということがまずないので席をゆずることができると、まわりで席ゆずりが連鎖することがある。

向かいに座ってた人が別の老人に席をゆずったり、隣の人が私のゆずった老婦人の夫と思われる人にゆずったり。

親切というのは伝染するらしい。

相手が誰であろうと、自分のゆずれる何かを差しだす。

そんな社会なら、みんな少しは生きやすい。

こんな単純なことが、これほど難しい。
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# by nanaoyoshino | 2012-06-11 03:26 | hundreds of days off

イギリス女性の微笑

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切符を買おうとして列に並んで、同じように並んでいる人とふと目があったときや、
図書館で本を手にとっている際なんとはなしに顔を上げたとき。

そばをとおりがかった女性が、自分に微笑みかけているのに出会う。

微笑むといっても口を開かず口角をちょっとあげる程度。

最初の頃は、この微笑にすごく戸惑った。

なぜ微笑まれているのかさっぱり見当がつかなかった。

たくさんの「why?」が並んだ。

わからないから、微笑み返せないという罪悪感。

見知らぬ者どうしの微笑は、男性にたいていも交わされることがある。
ただし店でお金を払った男性店員に微笑むとか、女性どうしよりも具体的なやりとりがあったときだけ。

あらゆる女性が常にそうだというより、身なりの悪くない人、
どっちか言えば教養がありそうな人、貧乏でも楽しそうな人など、
普通だけど気持ちに余裕がありそうな人が微笑む。(ような気がする)

、、、まったく見知らぬ者どうしなのに。

でも、やりとりもなくたんにとおりがかった女性から男性へ微笑んだり、
男性同士で微笑んだりはしない。

基本は異性間ではなく、女性どうしだけ。
という暗黙のルールが存在する。

もし男性へ、買い物など明らかに共有するシチュエーションがないとき微笑むは、
別の意味を持つ、とはイギリス女性から聞いた。

天気がよく気分がいいときに、外でやはり気持ちよさそうに
散歩している女性とすれちがい目が合うと微笑む。

かわいい犬だなと街でふりかえったら
飼い主と目が合ったときその人が女性なら微笑む。

ちょうど、日本で女性が見知らぬ人の子供に微笑みかけ、
それから子供の母親にたいしても微笑むように。


たぶん微笑みは警戒なしのメッセージで、子供はどこの世界でも警戒する必要がないから。

イギリスの女性同士が微笑むのは、その感じに似ている。

でも、子供のかわりに犬や天気や同じ店、もしかするとただ同じ駅で同じ電車を待っているなど、何かものすごくささいなことがきっかけで微笑む。

ほかの国では、魅力的な女性に男性が微笑みかけてきたりすることはあるだろうが、
見知らぬ女性どうしがたいした意味もなく微笑むのは見たことがない。

日々の生活にせいいっぱいの途上国なら、同じ村の家族みんなとこんな微笑を交わすのかも。

でも街ですれちがっただけの見知らぬ女には微笑みかけはしないだろう。

こんな習慣はやや特権的で貴族的な感じがする。大英帝国の時代から数百年の経済的恩恵に恵まれた人々だからだろうか?

それでも、いつしか自分がされているうちに、自分からなんとなく女性に微笑みかけている。

もちろんいやだなという気持ちを持った相手には微笑したりはしない。

見知らぬどうしでも同じシチュエーションで親近感を抱いているとかに
互いにたまたま目が合うと微笑む。特別なメッセージはなくても。

相手から微笑を返されれば、ふんわりやさしい気持ちになる。






ちょっと脱線
笑うのは人間だけじゃなかったんですね。 
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# by nanaoyoshino | 2012-06-06 02:27 | hundreds of days off

傘の修理屋のおじさんはどこに

このブログでもっともアクセスの多い記事、それは「傘の修理屋のおじさん」
という4年ほども前の記事。「傘の修理屋」と検索して訪れる人が何年たってもコンスタントにいる。自分がたいせつにしている傘が壊れて、修理しようとしている人が思いのほか多いらしい。

それでこの傘の修理屋がどこにあるか、書いておこうと思う。中央線西八王子駅の南口に出てすぐ東方面=左手に線路沿いに進むとつきあたり。駅からほんの1分程度。「傘修理します」と書いてあったように思うし、傘が並べてあるからわかると思う。ただ私は八王子から1年以上前に神奈川県に引っ越してしまったので、今も店が存続してるかどうか定かではない。

以前具体的な店を書かなかったのはいきなり壊れた傘を持ち込む顧客が増えて、この傘の修理屋が喜ぶと考えることが難しかったことがある。あんまりお金儲けのためにやってるとは思えないから、むしろ困るんじゃないかと思う。

ほかにはこのブログで物を売ったり宣伝したりする気がなかったから。それから東京のまんなかにあるならとにかく、相当な郊外なので、行きたくても便利に行けるところじゃないから。

でもこれだけ傘の修理屋を捜している人がいて役に立つなら、いちおうこの傘の修理屋がどこにあるか書いておこうと思う。多いって言っても、月に数人(とはいえ毎月だから累計すれば相当数になるが)だし、郊外でかんたんに行けないから、逆に大勢が殺到して困るようなこともないだろう。

それから他人のブログを読むと、その商品や店のリンクがあるほうが役に立ってよいと感じることがとても多いので、これからはこのブログでもいいと思った店や物は積極的にリンクを貼っていこうと思っている。

ちなみに、4年前に書いた記事でこの傘の修理屋のおじさんに直してもらった傘、今でもじょうぶで使っている。
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# by nanaoyoshino | 2012-06-02 01:49 | SimpleLife/普段着の英語

どこにもない平凡

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What about taking a walk to the port?
港まで散歩しようか?
You mean by that bloody bus?
あのばかげたバスで行くの?
(笑)Laugh
あ、私イギリス人みたいな言葉遣いした。
Did I speak like British?

「ばかげた」をイギリス英語では"bloody "と表現することが多い。
あんまり上品な英語とは言えないので仲のいい間柄だけで使うこと。
アメリカ人との会話でこういう語を使うと苦笑いして「イギリス英語」だと指摘される。
普段着の英語ピックアップ----------------


前々回若い友達が書いてくれたコメントで結婚相手についての自分の10代の頃のイメージを思い出した。

10代の頃自分の結婚相手はどんな人だろう、って考えただけで胸がつぶれそうに期待と不安を感じた甘酸っぱい気持ち。

今覚えているのは、当時なんとなく、
相手は
まるで遠い世界の人のような自分の想像をはるかに超える存在か、
そうでなきゃ
世間のどこにでもいる平凡そのものの男性、
どちらかなんじゃないかと思った。

まさか1人の人間が両方兼ねる、ということは想定してなかった。

今日たまたま横浜に行ったら、結婚式場のショウウインドウにロマンティックなウェデェングドレス。

ウェディングは女の人生のクライマックスだと思う。あんなドレスきてウェディングしたかったな、、、だんながしたくないと言うのであきらめてなんにもしなかった。

「あんたは私の王子様かしら?白馬に乗ってやってきたのね」って冗談で聞いた。

その冗談の発端は白馬か知らないが子どもの頃近所で馬に乗ってたという話を聞いたから、自分のじゃなく牧場で貸し馬を借りてだが。

反応は秘密にしておこう。
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# by nanaoyoshino | 2012-05-31 04:07 | SimpleLife/普段着の英語

英国でタダで”プレミアリーグ”を観戦したら

だんなの大好きな例のチーム前回参照の試合に行ったことがあるのだった。

このチームは私の母の田舎同様、とっても地元ファンのサポートが熱いチーム。ココね
なもんだから、長年「シーズンチケット」という年間パスポートみたいな高額のチケットがあっという間に売る切れるそうで、めったにチケットが手に入らず、だんなも数えるほどしか試合に行けなかった。

だんなの親戚のこのチームのファンがたまたま仕事で出張となった日、フットボールファン友達がまたこれもたまたま入院して試合観戦に行けなかったので2人ぶんのシーズンチケットが余った。だもんで私とだんなにチケットが回ってきた。

もちろん、だんなは常日頃から何気なく「いや、あのさあもしも何かで試合に行けないとかあったらさあ、僕何かお礼するからさあ」などと意思を親戚にはっきりさせていた。

私も同様でだんながこれほど夢見ている試合に一回くらい行ってどんなものか見てみたかった。だから親戚に会ったとき「もしあなたのいつも一緒に行く友達が忙しくて行けないとかあったら私も」と言っておいた。

だんなはいっぺんに2人が行けないことなんてまずないよ、って言ってたのにすぐそのチャンスがまわってきた、やはりこういうことはあらかじめ言っておくべきなのだ。

なにしろ住民の半分くらいはこのチームのファンと言う土地柄だから、ほかの親戚に「僕は一度も彼からシーズンチケットをもらったことないのに」って、ファンでもない私が試合に行けたため嫉妬されてドキドキした。

スタジアムでは、まわりの地元チームのファンはほとんどシーズンチケットで来るので、いつもと同じ人たちがまわりにいた。だんなが以前来たときは地元チームが大勝利で、ふだん来ないだんなが「おまえさん勝利の女神でねえか?」的なもてはやされ方だったらしい。今回、私が勝利の女神になるかどうか、、、とだんな。

ところが、それほどのコアなファンにはさまれた私は完全に浮いてしまって、進行を確認する質問をしたり、試合自体に冷めた意見を言うたびまわりのファンに殴られるんじゃないかともうビクビクもので。

日本の野球の試合にはなんどか行って一部の真剣なファンが、実際に目の前で殴りあい始めたことはあったけど、このときのフットボールの試合ほど、全体が真剣だったことはない。

試合では無残に負けた。相手チームはエヴァトンで、ここにはなぜか勝てたことがないんだな。

終わったときは負けた側全体が沈うつムードだったけど、ビックリしたのはまだ完全に終わる5分くらいまえにすでに帰り始めた人が多かったこと。5分で大逆転、ってあまりないけど絶対ないわけじゃないのにって、この日は実際なかったけど。皆さん怒りのあまりか?

フットボールの試合は、まるで観客の怒りのはけ口みたい。

勝っても負けても、真剣すぎる表情と闘争心まるだしのボディランゲージが殺気立っていた。だんなの親戚もだんなも、ふだんみんな一見おだやかそのもの、ジェントルマンなのに、なぜあの雰囲気になじめるのか。
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# by nanaoyoshino | 2012-05-28 00:46 | hundreds of days off

あの頃ベースボール、今フットボール

初めてイギリスに留学して語学コースというのでイギリス文化について議論させられたとき、あまりにスポーツに無関心すぎる私は、「イギリスで人気のスポーツ」として、フットボールのつもりがいつのまにか、「ベースボール」と呼んでいた。それで議論で組んだ日本人のほかの留学生が、「イギリスってベースボールが人気って、ほんと?フットボールじゃない?」と言われてはじめて、あれ、って思ったほどだった。

もちろんイギリスではサッカーはサッカーと呼ばれず「フットボール」。うちのだんなはフットボール好きで、最近プレミアリーグが終わってしばらくは楽しみがなくなったと嘆いている。

近頃じゃあまりに長い時間だんなのフットボール話を聞かされて、毎シーズンのプレミアリーグの順位を空で言えて、どうやってその順序にたどり着いたか経緯までわかっているようになってしまった。各チームの監督の名前だって半分くらい言える。

自分の出身地のチームを応援しているがうちにはテレビがないので、試合中ライブでネットにどんどん書き込まれるプロのコメントをチェックする、しかもプレミアリーグなり、チャンピオンズリーグなり、フットボールの試合があるときはほぼ必ずチェックする。

っていっても同時に進行している試合を、何人かのコメンテーターが、この試合では今こんなことが起きている、とかコメントしている(のだと思う、私はチェックしてないから詳しくはわからないけど)。だから自分のチームの試合を逐一チェックできるわけじゃなさそう。ただ右のほうに全チームのスコアが示されます。

でもテレビがないから(ていうかフットボールはなんだかすごいビジネスマネーが動くようで、プレミアリーグは有料の衛星テレビでしか、イギリスでも見れない)コメントだけでやむをえず満足している。でそのようすをまた聞いてもいないのに、私にいちいち説明してくれる、しかも試合があるシーズンは毎日だ。あんまりちゃんと聞いてないけど、聞いたふりをして、ちょっとでもあいづちに質問でも加えようならたいへんなことになる。説明がだらだら続いて終わらなくなるので自分がやっていたことをいったん中断するか相手を中断するはめになることも。

でもたまにコメントを見て、100%何が起こってるかわからないのもおもしろいな、って思う。言葉だけでしかもコメンテーターが関心を持ったことだけしか書かれないのが、かえって想像力がふくらんでドキドキして読める、って感じたこともある。

私はずっとスポーツ音痴だったし、父は、母の田舎で地元チームの野球をラジオなんかで聞いてるおじさんたちが大嫌いで、何がおもしろいのかぜんぜん理解できないと言っていた。だから10代の頃近所の喫茶店で隣のパチンコ屋から流れてきた常連の男の人たちが毎日、共通で最大の関心事である地元の野球チームの話をいつまでもしているとき、「こういうくだらない男とは絶対に結婚しない」となんとなく心に誓っていた。人間はもっと高尚なことに関心を持ち時間を使うべきだと思っていたのだ。

中高年と呼ばれる年代の今、街で若い女の子が「こんな彼がいい、こんな人と結婚したい」って夢中でしゃべってるのを聞いても、実際には正反対の人間(私が喫茶店で感じてた頃と)と結婚しても案外関係ないものだなあ、と思う。
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# by nanaoyoshino | 2012-05-24 23:03 | hundreds of days off

幻想としての"民族"

ジプシーとは誰なのか、ほんとうにあいまい。それはジプシーが長い期間移動し、交婚し、いろんな文化や言語をとりいれてきたから。歴史的に起源がインドであっても、今ではインド人だと言えず、ヨーロッパ人だと考えられている。非ロマのヨーロッパ人と外見的な区別がつかないロマも多い。
(アメリカにロマがいるとはあまり知られていないが、アメリカのロマは多く、ただ自分からロマだと非ロマの人に言う人が少ないと聞いた。つまり外観ではロマと区別がつかないということ)

日本人には自身を「単一民族」と考えている、またはそんなこと考えたことない人が多い。でもこの何々民族の定義が、そもそもあいまいだ。

シリア人、イスラエル人がユダヤ人だと名乗り、無神論者のアメリカ人にもユダヤ人と名乗る人がいたので、ユダヤ人とは何だろうと以前思い調べたら結局「自分でユダヤ人だと思っている人」がユダヤ人といった印象だった。ほんとう?と当時は驚いたけど、ロマにしてもやはり同じことらしいし、ほかの民族についても結局「そう思っている人がその民族」という考えがわりと一般的みたいだ。

だとするとどっかの民族がほかより優越だとか、その線引きの根拠がどうやったら科学的でありえるのだろう。

言語学者によるとジプシーの特有の言葉はインド語起源が多い。これがロマをインド起源とする根拠ということらしい。移動が多いジプシーの言葉はもっと多くが外国語起源だけど、イギリスのような島国でさえ、英語のうち、70%近くがフランス語など外国語起源だと言う。

じっさいイギリスに今多いサクソンもケルトも、もともとブリテン島以外に散らばっていた。

イギリスで純粋な民族としてのイギリス人って私は想像できない。100%のイギリス人のDNAにケルトとサクソンは混じっているだろうし、ほかにも歴史をふりかえればイタリア、ドイツ、フランスなどの血が過去のどこかの時点でに入ってると思うのが自然。

差別することで優越感を持つ、というのは劣等感の裏返し。ナチスのユダヤ人虐殺ばかりが強調されるけど、一部の日本人の在日への差別はじめ、歴史に根付いた現在の差別は世界中でなくなってない。

イギリスなどヨーロッパでは差別的なことを口にすると罰せられる法律があると言う。でも最近のイギリスでもネットの書き込みを見ると、ジプシーへの人種差別はネットで野放し。日本でも北朝鮮関連の在日に関する人種差別は激しく、野放しなのと同じ。最近のイギリスやフランスでは保守政権自身が少数民族を排斥している。

日本でも人権概念をもとに、人種差別的な言論は罰する法律が作られる議論はあったらしい。が、「差別は存在しない」というふうな理由で作られなかったと聞く。日本の政治家は、発言だけ見れば幻想の世界に生きているようだ。

ちなみに、wikipediaで民族を意味する"ethnicity"を調べてみた。
wikipediaでは、民族ethnicity=people人びと同義だった。
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# by nanaoyoshino | 2012-05-22 02:42 | hundreds of days off

図書館の、子どもむけの本にはまってます

最近、またボランティアの手伝いで
世界の紛争について、調べています。

私は大学は社会科学系だったのに
こういうお固いことは、やっぱ苦手。

今地元の図書館に行って
いーなーっ!
て感心したのは、子供向けの社会科関係の、すっごくよい本が多いこと。

紛争や人権にかかわるのもいろいろあって、絵や写真が多いし文章もすごくわかりやすい。
ほら、紛争って、パレスチナがどうだ、イスラエルがどうだ、コソボがどうだ、ダルフールがどうだって
いっぱいあって、それも経緯も複雑で、超ド級にわかりにくい!

社会系とかの本ってわかりにくいのがあたりまえな感じだけど、子供向けはすごい、
すっきり1時間以内で1冊読めて、苦労なくわかるのは、得した感じ。

中学校向けくらいになれば、著者の独自性がわかるほどに高度な内容で
大人にもじゅうぶんな読み応え。

ただいつ図書館行っても、低くて小さなイスとテーブルが、
子どもじゃなくて私みたいな大人に占められているのが喜ぶべきかなのかどうか
よくわからないけど。

そういえば池上彰って人の名をよくネット上で見る。
いったいこの人、なんで人気なの?
子どもニュースで有名な人じゃなかった?

なんだろってウィキピディアで調べたら、週間子どもニュースも
子どもじゃなく大人が見ていたんだって。

それで番組終了したそう。

で、あの話はずれますが、フェースブック、最近プライバシーの問題で
アメリカでは下火ってニュース読んだけど、
私はぜんぜんトレンドに疎く、
誰も使ってない頃登録してソーシャルなのに相手がいなくて使えないまま
みんなが使っていたここ数年はおろおろしているうち一度も使わず
下火になった今ごろ、ちょっと時間できたし、使おうかなって考え始めた。

まわりで使ってる人は年下の人ばかりなのですが
みなさま、どうやって使ってるのか、よかったら教えてください。
(ネットでそういう情報いっぱいあるのは見たけど個人談で聞きたいです)

私はブログの延長で
メールで実際の友達に伝えリンクさせ
こんなイベントがいいよこの本読んだよっていう
紹介などしようかと。

個人名+フェースブックで検索したけど
同じような名の人いっぱいいて安心した。

誰からも検索されたいなんて
思ってないから、あくまでもミクシのようなノリで
でもミクシよりは広く浅く、
限定された知人間で使いたい。
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# by nanaoyoshino | 2012-05-11 01:54 | hundreds of days off

放浪と計算

親戚のイギリス人で、リーズで小学校教師をしてきた女性と話したことがある。リーズはジプシーの多い地域で、彼女のクラスにもジプシーの子どもが多かったと言う。

彼女は個別訪問でジプシーのキャラバン(トレーラーハウス)に行くこともあった。ジプシーの子どもの親とも仲良くなったけど、最初訪れたときはすごく警戒されてると感じたそう。でも何回か訪れるうち、親しくなっていき信頼されてると感じたと言う。

彼女が担当した子どもの1人は数学の「天才」で、家庭を訪れるうち、子どもが家の会計を担当していて、それで数学が得意なのだとわかったと。

偶然かもしれないけど私のフラットメートも、数学の博士課程の学生で、フラットに住む6人の光熱費電話代の会計を1人で受け持っていた。

国を超え放浪する民と言えば、ユダヤ人、中国人、ロマ。放浪の民はどちらかといえば警戒心が強く、元来職業としては身内的な自営業などが多いように思う。少数派になりやすいから差別も受けやすく、仲間に入れてもらえないから自営業のような自分でできる小規模な事業を子どもも親も家族ぐるみで運営するということか。

ただしロマが放浪の民といっても好きでやっているという人は、すくないようだ。どこへ行っても迫害されるから、転々とせざるをえないのがふつう。

私のフラットメイトの場合は、数学が得意というだけでなくお金の計算にとても厳密だった。ボランティアでめんどうな仕事を受け持ってくれたので感謝しなければならないけど、私が帰国した後も、請求と帰国でずれた日にち分の請求書を細かく送ってきたので、現地通貨に変えてイギリスまで送金しなくてはならなかった。

そういや私も会社やめて自営になってから(貧乏で)、計算ばっかりしてる。





追記

前回のを呼んだ挙句けっきょくロマとはなにか、わからなかった人、ごめんなさい。

ジプシーとは、定住せずジプシー生活を送る人で自分をジプシーだと思っている人。

ロマとは、インドを起源としてヨーロッパ中心に広く世界中に散らばったジプシーでやはり自分をロマだと思いロマの言葉を話す人のことを指す。(だからロマはジプシーに含まれる。)

Roxy Freemanは、片親がロマの先祖を持つのでロマと言えなくもないが、自分をジプシーと思っていてもロマと思っているようすもないのでその意味ではロマではない。

イギリスのジプシーは、彼女の母(ぜんぜんジプシーと関係ないアメリカの資産家の娘なのにジプシーの生活を自ら選んだ)のように起源がロマではない人が含まれ、このような人はロマではないと考えるのが一般的。

とはいえ場合によってはロキシーの母のような新参ジプシーも、起源と関係なく、ロマとしてとらえらることもある。

このようにジプシー、ロマの定義は専門家でも何ページも費やして説明する必要があるほど、世界共通の絶対的な論がなく混乱しがちなもよう。

このことこそがナチスによる虐殺を初めとして、ジプシー差別を処理できていない背景という。
(ユダヤ人虐殺と違って、ロマは虐殺による補償をドイツから受けてない)
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# by nanaoyoshino | 2012-05-03 03:04 | hundreds of days off

ジプシー、ロマ

イギリスで学生をしていたときに、同じフラット(1フロアのシェアハウスのようなもの)に住んでるイギリス人の男の子が、自分の実家と家族の写真を見せてくれた。別に私がとくに仲がよかったわけじゃないから、たぶん誰にでも見せてたんだろうと思う。

それは家じゃなくてキャラバンとか呼ばれる、移動式の家というか、大き目のクルマというかそんなふうなものだった。キャラバンの横のひもに吊るされた洗濯物がいっぱいでやけに目だってた。家族の姿はよく覚えてないけど、妹だか子供たちが映っていたような気がする。キャラバンはたくさん、空き地のようなとこに留まってた。

最近ボランティアの仕事で記事を書いていて、ヨーロッパのジプシーのことを調べていた。もともと他の人が書く予定だったのが、彼女が忙しくなって、私はそのときイギリスに滞在していたので、その彼の記憶もあり、(彼の居所は今ではわからないけど)ジプシーのことなら書きやすいかなあと思い「私ヒマですから書きますよ」と名乗りをあげたのだ。

彼女は、日本の文献を調べれば調べるほどジプシーとは誰なのか、わからなくなるっていうふうなことを言っていた。それに加え本業でとても忙しくなってしまったのだ。

私はそのボランティア団体の本部がイギリスなので、帰国前に寄ることができるようジプシー問題担当者にアポイントをメールでとって、彼女の疑問を聞いてみた。

彼はちょっと、別世界から来た人でも見るみたいな反応で私を見た。事実、ジプシー問題のおそらく現場に関わっている専門家のような人から見れば、ジプシーっていったいどういう人ですかね、って質問するアジア人は別世界から来ている人なのだろう。

ちなみにジプシーというと差別のニュアンスを感じるジプシーたちが多いと言う。歴史的にジプシーは、想像もつかないほどの差別をヨーロッパで受けてきたのだ。それで研究者や国際団体などではジプシーでなくロマと言うのがふつう。

担当者は、私に会うなり「30分だからね、いい?」と言った。はるばる百キロ以上も遠くのど田舎からやってきたなり言うんだからね。でも、意外に1時間近くジプシーをどう定義するのかの話は続いた。

私の拙い英語で解釈できた限りでは、イギリスのジプシーの多くはロマではないちょっと違う存在であること、あと、ロマは自分をロマだと認識し、ロマ特有の言葉を話すこと、それがロマの定義に関する彼の主なポイントだったと思う。(ジプシーはロマを含む)

少なくともジプシー問題担当者には、ジプシーが誰であるか明らかだった。その彼を目の前にすると、私にも実在のジプシーがなんとなく目の前に具体的に見えるような気がしてきたが、あくまでもそれは私が短い間とはいえ同じフラットで暮らした男子学生のイメージがもとになっていた。

日本の彼女が、ジプシーとは誰なのかわからないという、それはジプシー自身によるジプシーの本がなく、第三者の本がほとんどだと言うことと関係していたのではないか?私もイギリスに行く前と帰ってからいくつかジプシーの本を読んで、彼女のいらだちが理解できた。だって読む本読む本、どうも話したこともない人びとのことを推測で書いているみたい。まるで霧がかかった視界でジプシーを見て語っているよう。

帰国後出版社の人から、イアン・ハンコックという人によるジプシー問題の本を借りて初めてジプシー自身による本を読むことができた。それで相当視界がクリアーになったように思ったが、この本はほとんどいわゆる差別問題の歴史的証拠をられつするという作業に限っていた。(この作者はそういう記事、書類をコレクションをしているよう)

Roxy Freemanっていう女性はイギリスのガーディアンっていうリベラル系新聞の記者をしていてジプシー問題というと彼女の筆によることが多かった。この人は自分がジプシーだと書いていたので彼女の本“Little Gypsy”の一部を読んだ。

知りたかったのは、ジプシーによるジプシーの生活だった。タイトルや書評からはそういうことが書かれているのかと思った。でも自分の両親のことや恋愛のことが主で、ジプシーの生活はあんまりわからなかった。というか、この人ジプシーかもしれないけど、伝統的なジプシーではない。両親の1人のひいおじいさんがロマらしいが、2人とも出自は普通の定住生活者の家族で、当時のヒッピームーブメントの影響もあって?あくまで自分からジプシー生活を選んだ。

正直、この人の自分史はあんまり楽しめず両親の話も型にはまっている印象だった。でも唯一今の段階でおもしろく感じたのは、この人のキャラバンで?火災があったときの記述。一晩中燃えるのを見ていたらしい。たいした持ち物もないから残念だけどまあいっかからだは無事だったしっていう感じで。

持ち物がないっていうのはこういうことなんだ。どこにでも行ける。何も持ってない。うまく言えないけど私はいつでもそういう状況に憧れがある。

著者の家族のジプシー生活はじっさいに30年以上続いていたわけだから事実には違いない、ただ、ジプシーの多くに共通する生活感覚とはたぶん(最後まで読んでないから断定はできないけど)ほとんど関係ない話だった。

著者Freeman(本名?)の両親は、生まれた子が死産だったとき役所に知らせず埋めてしまって警察から取調べを受けた。その例が示すように、著者の両親は世の中のきまりやしがらみを避けて、自由きままに生きていた。

楽しくステキな暮らし。でも何百年も差別され、ナチスに皆殺しにされ、ゴミ捨て場にガラクタを組み立て自分でこさえた家すら、ブルドーザーでつぶされるロマとはぜんぜん違う。
(今の時代にヨーロッパの各国で、フランス、イタリア、イギリスでもブルドーザーでジプシーのキャラバンや家がつぶされている、ほんの数ヶ月前もイギリスでニュースになっていたけどほとんど世間からの同情もなく、なんでこんなことがニュースなのといった反応が、広い差別を表している)

「あっちのジプシーといっしょにしないで」というジプシーが多くて、ばらばらだから政治的な発言も権力もなくジプシーとは何か、ヨーロッパでも明確にわかっている人が少ないというのはこういうことなのか、っとこの本を読んで改めて感じた。
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# by nanaoyoshino | 2012-05-01 02:30 | hundreds of days off

how not only the fact but also the experiences we are having are like In Japan



I think what I will write now is something most of Japanese people must already know after the extraordinary earthquake on the 11th of March. But I would like to tell you this because I am spending a lot of time in England and I have not seen many articles on the web or in magazines or newspapers in English so far telling you how not only the fact but also the experiences we are having are like In Japan.

I would like to let you know how I am feeling as a person who lives at the town next to Tokyo and loves nature like green hills and rice fields, sandy sunny beaches. These are environments you can easily find here in this suburb.

I used to love strolling on the mountains or hills. In early spring like now I saw little wild flowers and sat on the grass and sometimes lay on it. I breathed thick atmosphere with fresh reviving lives of nature, before 11th of March,2011.

About 20 thousand people died because of the Tsunami and that was no doubt the most terrible tragedy of all. But if it was all, now after a year a lot of Japanese should just about have gained the positive view towards the future.

The reality is not quite like that. There has been very uncertain and insecure feelings about our future for probably half of Japanese, especially people with high computer literacy who know more from the internet. These Japanese people and the rest who mainly get information by watching TV are divided and they might have to fight if they live in the area where high radiation levels are an issue.

In the Fukushima daiichi nuclear power station, the melt through of multiple nuclear fuel lots after the explosion of one of the units, the ground, plants, debris, sewage, drains and any foods like vegetables and cattle which ate contaminated hay in mainly northern half of Japan is more or less contaminated by radiation.

We should not forget that around 80,000 people had to leave their homes from Fukushima then. Some of them can expect financial compensation from the government by not being able to go home nor to resume jobs but still I cannot imagine how much loss of their past and difficulties in the future they are feeling. Others are concerned about the risk of the health for their children and decided to move house with their own financial responsibility. Kids’ health can be more affected by radiation as their human cells are still growing fast.

How far and how much contamination are we having? We do not know exactly about it because nobody can measure all over that wide range of the area. You may wonder Tokyo is far enough from Fukushima. It is admitted that there are places in suburbs just 10 or 20 miles away from Tokyo called “hot spots” where radiation levels are as high as areas near Fukushima. This is because radiation travels in clouds and when it rains from the clouds after travelling for some hundreds miles, taking a few days, and rain water contaminates even very far areas.

Radiation from Fukushima is still released and being carried more to the south than the north east of Japan. On concrete grounds and tarmac roads radioactive dusts should have been washed away by rain falls but leaves and ground have been absorbing it. I never imagined how it would be to live in the world like this. We do not sit on the grass nor leaves nor flowers.

I will tell you later more about how in our everyday life I am feeling in this new environment where our government only repeats how safe that is.
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# by nanaoyoshino | 2012-03-11 13:00 | Simple Life/English

お葬式のこと


カトリックでは遺体を棺に入れてそのまま墓地に埋める。映画ではよく見たが初めて実際に立ち会うと何もかもが自然なことのように思えた。つい先日のように、今は棺に眠るVのお父さんと、若くして亡くなったVのお母さんのお墓参りをしにこの場所にたたずんでいたたことまでが。

Vのお父さんが、洗礼、結婚など人生の節目となる儀礼を行った教会では、棺が祭壇に運ばれた以外、まるでふだんのミサのようだった。神父さんがVのお父さんの生きた軌跡を短く話す前、「彼の人生を祝うためにお集まりいただき感謝します」と言った。

私もVもよく歩いた小道の入り口にある静かな墓地を私は初めて見たときから好きだ。昔炭鉱と港をつなげていた線路跡で、Vの実家があったところのすぐそばにある。墓室のようなものはなくて、穴へロープでおろした棺に聖水と土を、家族でかける。この墓地はもういっぱいで新たに墓が作られることは叶わないと聞いた。私が死んだらどこに埋められるのだろう。

墓地の近くのゴルフクラブのラウンジに親戚の人たち30人くらいで移動した。丘の頂上にあって緩やかな丘が連なるイギリスらしい風景が広い窓に一望でき、春のようなすばらしい天気の日だった。飲み物はカウンターで、食事は軽食が並べられて自由にとる立食形式だったので、みんな適当にテーブルを囲んだり移動して話をする。Vのお父さんの弟の一人と初めて会った。Vから犬が好きな人と前から聞いていたので、犬を今も飼っているかと聞いたら、その後は彼と彼の奥さんと、彼らが一番好きなジャックラッセルの話ばかりになった。
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# by nanaoyoshino | 2012-03-05 10:30 | hundreds of days off

英国の家

イギリスの家を買うことを検討しいろんな広告を見る。Vの実家が売られて、家族仲がよいVが、英国で滞在する家があるといいということと、イギリスの不動産市況は日本とまったく違うようなので、投資も考慮している。広告を見てると以前教会だったのが、信心深い人が減って教会を廃止し、かわりにアパートに改装した家とかもある。ネット広告の写真をクリックしたものの、写真の内装は教会のおもかげなんかが何もみつからなかった。

おもしろいのは、広告にほとんど築年数が書いていないこと。たまに書いてあっても小さく目立たない。築年数はあんまり気にされていないらしい。かわりにリフォームが何年にされたとか、正確な年でなくても「最近」と冒頭のほうに書かれていることが多い。

広告として目立つように書かれていた過去の例で覚えているのは、行政で保存レベルを指定されたたぶん築200年以上の家だったように思う。Vの家族から聞いたのでは、何かリフォームするときにきまりがあって特定のやりかたでしかできないため、予想外にお金がかかるかもしれないそう。かけるお金が限られる一般人は、そういう家は避けたほうがいいらしい。

古いと安いという法則はこの国ではなくて、どちらかというと逆。でもきちんとリフォームしてない家はどんなに古くても、当然その分は安く値付けされるらしくVの上のお姉さん夫婦の家はリフォームされてなくてほとんどスケルトン状態を安く買ったと聞いた。夫婦でお金がない時代のDIYから始めて毎年毎年、何十年もかけてリフォームしつづけ、リフォームが終わって初めてほかのことにお金をかけられるようになったそう。手をかけているので家がわが子のような感覚で、つい昨日までも地下倉庫のペンキ塗りを2人でやっていた。

イギリスの作家だと、家が印象的な物語が多い。例外なくとても古く、やっぱり築何百年という家で門から家の入り口まで歩いて30分くらいかかるほどの荘園にある。家にはたいてい、主人以上に長く家にとどまって誰よりも家のことを知って万端とりしきる執事や家事を管理する女中頭がいる。

飛行機の中で読むようジェーンオースティンを持ってきたところ、そういう家の主人は広い地所を所有し小作人を使って収穫した農産物などで収入を得ていた。執事が主人に気に入られると、執事の息子がオックスフォード(日本でいうと東大)に入れてもらったりしてしていたらしい。そして女中頭は日本の会社のお局さんが、若くして社長になった二代目よりいぱってるみたいに、若い主人以上にいばっていたり以前の主人を崇拝していたりする。「日の名残り」という物語では、執事なのに、家の外で間違われたまま主人のふりをする執事と、新参の女中頭の恋が描かれていたな。

Vの2人のお姉さんの家は築150年くらいだとしてもたぶん格別古いというほどではない。今私が居候させてもらってるVの下のお姉さんの家は、近くに海があって大帝国時代ふうリゾートホテルがある。昔読んだ記事でこういうリゾート地には貴族が別宅を持つことが多かったと書いてあった。もしかするとそのホテルも貴族の別宅を改装したもので、この家はそこから100mくらいしか離れてないので貴族の別宅の召使が住んでいたのでは?まああくまでもこれは想像だけれど、詳しい歴史は調べればわかるかもしれない。

そのホテルの表玄関は海に面して、ラウンジでは広々とした水平線と空白のような空が、視界を圧倒する。海と反対側はパブになっていて、近いのでお姉さん夫婦とわれわれ夫婦4人で木金土日と週4日は行っている。お姉さん夫婦はわれわれがいなくてもたぶんその頻度で行ってる。
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# by nanaoyoshino | 2012-02-28 10:55 | hundreds of days off

さよなら

今日お父さんが他界したそうだ。そうだ、と書いたのはどうも信じられないから。なぜなら他界した、と医者が言った後もお父さんの身体はずっと暖かで、足だって動かしているように見えたから。でも脈をはかっても脈はないようだったし、息していることも確かめられなかった。足はベッドが動くから動いているように見えるだけだと看護婦に言われた。もしそうならあんなにも死んでいても生きているように見える人って今まで見たことがないような気がする。そしてもしほんとうに今お父さんが死んでしまったとしたら、あまりになめらかにお父さんは生死の境を超えてしまったからだろうか、誰も息が引いていったことには気づかなかった。私はこれまで苦しんで死んだ人ばかり見て来たので、死は生の終わりでしかないように感じて来た。でも今では生と死はつながっていてひとつとも言えるんだなと思う。

長いことVの家族は「理想の家族」だと信じて来たけど、震災があった頃から身の回りに変化が起こり、自分のブログはフェアリーテール、架空の話を描いていると感じるようになって昨日も書いたように書く気がなくなってた。

朝早くB(Vの上のお姉さん)から電話をもらってお医者さんがもう危ないって言ってるからすぐにも病院に来るように、とのことだった。でも今いるJ(Vの下のお姉さん)の家からお父さんの病院は遠く、電車とバスを乗り継いで2時間もかかる。Jの職場は比較的近く彼女の自動車でなら30分くらいで着くのでJと一緒に行けないのっって聞いたら、出張だと言う。出張ってお父さんが危篤なのに、と言ったらそんなこと知らない、と怒鳴ったのでその話はもうせずに、Bの夫婦のどちらかが駅までせめて迎えに来てくれたらとVに言ったけどそういう話はなさそうだった。

もう引退後のB夫婦はお父さんが入院するたび、毎日病院に来て私たちが行かなかった数日も電話して状況を報告してくれていた。ちょっと前にはBのだんなさんが、ベッドで動けないお父さんのひげをていねいに剃ってあげていた。それがあんまり介護士みたいに手慣れた感じで。お父さんがビールが飲みたいというたびにビールを買いにいって、ストローで飲ませてあげていた。

Bは自分が来れないときは来てお父さんの食事を介護するようにとBに指示したりする。病院で職員が食べさせてくれるのにいちいち自分が必ず来たり、仕事に忙しいJにそんなこと指示するのが不思議。お父さんの老人ホームは全介護つきなのだけどBは週2回は行って何かと世話をしてきたし、よくBは介護の苦労を日頃から口にする。

昼ころ着いたらお父さんは眠っているようで、肺炎だからもともと荒い呼吸も安定していた。半開きの目は右目が大きめに開いていてそこからのぞいている瞳が死んだ魚みたいに白く濁ってた。B夫婦が食堂でお昼を食べている間、お父さんに○○だよ、と自分の名を告げたら両方の目が同じようにいきいきと開いて、何を見ているのか瞳も本来の青みを帯びて輝いたのでVを呼んだ。
「ねえお父さん目を覚ましたみたい」
Vも自分の名をお父さんに伝えたので「お父さん、わかったみたい?」と聞いたら、話はできないけど僕だってわかってるよ、とうれしそうだった。

そのうちにお父さんの息がとぎれとぎれになってきた。Vは食堂にBを呼びに行き、「心配ない」とだけ言われて帰って来た。私は「ねえお父さん息してる?」とVに何度も言わないといけないほど息がかすかになってきたので近くを通った黒人の看護婦さんに伝え、看護婦さんがお医者を呼んで来た。学生かというほど若い医者に抗菌剤はすべて試したんですかと言うと、副作用があるから何でも試せる訳ではないと言う。

「あら、ついに?」病室に戻って来たBは、お父さんを見てもう亡くなったと勘違いしたらしい。私はさっきの看護婦がまた通ったので、息してますか、酸素マスクとかしたらどうでしょうと声をかけるとお医者が来て、酸素は鼻からもうずっと補給していますよとか、もうあとわずかでしょうから離れないでくださいとか言った。

ちょうどそのときJが出張からかけつけ、数分で私にはお父さんの息が確かめられなくなった。でもVはまだ大丈夫息してるよと言い続けた。私は最初はそうなの、と言ったけどどうしてわかるのと聞くと3回目くらいには僕も自信がないと言い出した。Vの家族にも聞いたけど、もう誰もお父さんが息をしているかどうか、関心があまりなさそうで、わからないと言った。そこでまた看護婦さんを呼んだら医者が来て「アイムソーリー」と言った。Vの顔が動揺でさっと紅潮した。


Bは病院を去るとき、彼は老人ホームでも病院でも、ぜんぜん文句を言わなかった、全部受け入れアクセプトしたからみんな彼が好きだったと言った。私もVにお父さんは立派に運命をアクセプトしているようで、誇らしいと昨日パブで言ったのでそれが伝わったのかなとも思ったけど、VとBは直接話す機会もあまりないので、たぶんB自身の感想だろう。アクセプトというなんとなく東洋的な感じのする語をこういう事例に使うのか、ずっと前から疑問に思っていたがやはり使うんだな。

でもこの家族はVも含め病院からどんな悲観的なことを言われようと疑問にも思わず受け入れ、私がいちいち看護婦や医者に確かめたがるのが変に思われそうなほどだった。昨日パブ行く前にJのパートナーが、炭坑労働者だった自分の父親のことを、一度炭坑に入ったらいつ次食べられるかわからずずっとお腹をすかせていたから、とにかく食事のときはお腹いっぱい食べることが何よりたいせつだったと言ってた。たいていの苦労を受け入れざるをなかったのが、この階級(労働者階級、といってもこの国のほとんどがこの階級)歴史なのかもしれない。

病院から戻ったらVのお姉さんは家にいるのはたまらないから、近くのイタリアレストランに行く、あなたたちもよかったらおいでと言った。隣の席では10人くらいがやってきて、長い足の若い女性が、真っ白い身体にぴったりのミニのノースリーブワンピースをこの寒いのに着て目立っていたが、彼女の誕生日らしかった。イタリア人シェフがケーキを運んで来た。私たちはお父さんの思い出を話して、お父さんの好きだったウィスキーを飲んで笑って、隣人の誕生日をいっしょに拍手して祝った。それから近くの誰もいない海岸にVと2人で行き、私は波が轟く真っ暗な海を前に、ほとんど誰にも気づかれずに泣いた。
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# by nanaoyoshino | 2012-02-24 09:57 | hundreds of days off